4歳の娘から学んだ「ありがた迷惑」に対する100点の返し方
長女が4歳だった頃。
夜リビングで娘の動画を見ていたら急激に愛おしくなってしまい、寝顔を拝もうと寝室を覗いてみた。すると娘はまだ起きていた。
寝付けない様子だ。
私はリビングに戻り2人のお気に入りの絵本を手に再び寝室に向かった。
『○○ちゃん起きてるん?』
「パパ?どうしたの?」
『眠れないんなら絵本読んであげようか?』
「・・・・・・・・・うん。」
薄暗く電気を付けてそれを読んだ。

以前図書館で借りて読んだところ、かなり面白かったのでそのままAmazonで購入した絵本。かなりユーモアが効いており海外の絵本も悪くないなと思わせてくれたものだ。
レビュー★1にズッコケたけど1人だったので気にしないで欲しい。なんだコイツ。アンチか?センスのない奴がいるもんだ。
★★★★☆
絵本を読み終わり満足した私は「おやすみ」とハグをして寝室を出た。
暫くして寝室のドアが開く。
出てきた娘はモジモジして私の前に立った。
おしっこかな?いや、それならトイレに行くはずだ。まさかわざわざ「ありがとう」を言いに…?待て待て、泣く準備は出来ていない。私の自己満なんだ、気にしないでくれよ。
娘は言った。
「パパ、さっきは絵本読んでくれてありがとう。でももう少しで眠れそうだったのに目が覚めてしまったから本当は凄く嫌だった。」
私は手に持っていたスマホを床に落とす。
開いた口が塞がらない。
すぐに全力で謝り、泣きそうな顔の娘を抱き締めた。
その後は妻が寝かしつけをしてくれた。
私は猛省する。
なんと愚かな行為だったのだ。
私は自分のした行為を心底後悔する。文字通り、本当の意味での「自己満」だったのだ。
「すぐに寝たし、気にする事ないわ」と妻は励ましてくれたが、私は暫くの間もの思いにふける。先ほどの娘の言葉を思い返していた。
「パパ、さっきは絵本読んでくれてありがとう。でももう少しで眠れそうだったのに目が覚めてしまったから本当は凄く嫌だった。」
これ、4歳が言ったんだよな?
え、、凄くないか・・・?
相手が良かれと思って取った行為に対して自分は嫌だった、でもそれを言ってしまうと相手の好意を無下にしてしまう。でも伝えないと相手はそれを分からないまま、これからもそれを続けてしまうかもしれない。どういう風に伝えると波風が立たないか、そこがかなり重要となってくる。
そこで最も重要なポイントとなるのが”まず相手の好意に対して感謝の意を述べる事”だ。そのうえで実はそれは自分にとっては好ましくなかった事を伝える。すると言われる方も申し訳なかったなという気持ちが芽生える。そこに確執など生まれない。
これが俗にいう「忖度」だ。
娘は無意識なのか、葛藤や思考の末に辿り着いた言葉なのか、どちらにせよ4歳にしてそれをやってのけたのだ。
素晴らしい。
私に似て根が優しいのだ。なんと誇らしい。
その事を妻と語らい盛り上がった。
この子は間違いなく優しい子に育つな。と。
――幼少期に母親から言われた台詞を30年近く経った今でも正確に覚えている。母に対し何か良かれと思ってした事が悪手だったのだろう。
「小さな親切、大きなお世話」
なんて酷いことを。
孫の爪の垢を煎じて飲ませたい。
しかしながらトラウマの様に今も記憶にあるその言葉は、おかげさまで自分の好意が本当に相手が望む事なのかを思考するストッパーとなってくれていた。
そして”鋼の錬金術師”の「ユーリ・ロックベル」が放った台詞にも感銘を受ける。
「やらない善よりやる偽善」

間違いない。その通り。
何もしない奴より100倍マシだ。
このふたつの言葉は今も私の中で生きている。
しかし、それをもってしても間違えてしまう。
それが今回の絵本だ。
相手がまだ4歳だからと気持ちを軽んじてしまった。
もう立派な子供、しっかりと自分の意思があるではないか。
私は心底見習った。娘の様に相手に嫌な思いをさせずに気持ちを伝える人間になりたい。友人にも、上司、部下、同僚にも、
そして、妻にも。
私がグミを好物としていた為、ある日、良かれと思って妻が買ってきたグミが死ぬほど不味い時があった。足の裏を舐めているかのような臭い、弾力の全く無い柔らかな食感、ハリーポッターの変な味のアレか?と思った。しかし私は「美味かった、ありがとう」と言ってしまい、すると後日また同じグミがテーブルに置かれていた。
他にも大なり小なりそういったケースは多々あった。が、いずれも上手く言えずに後悔する自分がいたのだ。
妻は何も悪くない。
伝えられない私が悪いのだ。
この件で娘に学んだ。
思いやる気持ちと伝え方。その方がお互いの為だと言う事を。その方が私にとっても妻にとってもプラスに働くという事を。もう大丈夫。
娘よ、ありがとう。
君のおかげで私たち夫婦はまた一つステージが上がりそうだ。「夫婦の高み」へと。
そしてその時は来た。
娘が小学生になった頃、唐突に妻から洋服をプレゼントされた。
『最近何も買ってないでしょう?』
確かにここ数年、新しい洋服は買っていない。お洒落に興味が無くなったわけではないが、結婚をし、娘が産まれた頃から自分にお金をかける事に躊躇いが生まれたからだ。
専業主婦の妻はこのご時世ながら私の鼻くそのような収入で上手くやりくりをしてくれている。マンションを購入し、貯金も変わらず車までローン無しで購入する手腕の持ち主だ。私の方から“お小遣い制“を望むのは必然だった。
私は目の前で包装紙を開ける。
中から出てきたのは私が好きなストリートブランドのダウンベストとデニムパンツ、そして違うブランドのロングTシャツだった。
私好みのダウンベストに安定感のあるデニムパンツ。お洒落に定評のある妻だ。疑う余地もなく素晴らしい。
ロングTシャツを手に取った。
赤と白のボーダー柄。
ん?
なんだろう。
ふわりと脳裏に既視感がよぎる。
どこかで見たのか?誰かが来ていたのか?
有名人・・・スポーツ選手・・・知人・・・
違う。
でも確実に着ている人物を知っている気がする。
分からない。考える時間が足りない。
とりあえず着てみよう。
不備があった時の為にタグは付いたまま袖を通す。洗面所へ行き鏡の前に立った。
途端、身体中に電気が走る。
ウォーリーだ。
『ウォーリーをさがせ』のウォーリーだ。
完全にウォーリーだ。
まごう事なきウォーリーがここにいる。
モヤモヤが取れスッキリした。
良かった良かった。これでぐっすり眠れそうだ。
よし、
さぁどうする。くそダサいぞ。
他は良いがこのロンTはヤバい。
これを着て本屋にでも行ってみろ、確実にその辺のガキどもから『見つけた!!!』と叫ばれるではないか。いっそ同じ柄のニット帽を探すべきか?
『どう?サイズ合うかしら?』
リビングから妻の声がする。
洗面台の前で私は逡巡する。
ここだ。
でも、大丈夫か?
せっかく私の為を思って買ってくれたのに。
いや、だからこそだ。
ここしかない。
娘から学んだ忖度を使う時が遂に来た。
『ありがとう。とても嬉しいよ。でもこのロンTはあまり好みではないかもしれない。せっかく買ってくれたのにごめん。』
これだ。
これにより今後、半袖やセーター、パーカーなんかもウォーリーになり皆から探される懸念が解消されるのだ。
そして私たちは思いやる気持ちが向上し、次のフェーズへ突入する。今日がターニングポイントとなるのだ。
娘よ、本当にありがとう。
ウォーリーのままリビングに戻る。
妻がこちらを見ている。
私は言った。
「ありがとう。とてもいい色合いだね」
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