初めから詰んでいた話
『ねぇねぇお父さん、お願いがあるの!』
早朝、耳元で囁く長女の声で目が覚めた。
自分の部屋に手招きをする娘。
どうしたの?と聞くと耳を貸せと口を手で包んでいる。妻も次女もまだ寝ているんだから別にいいだろと思いながらもしゃがみ込んで片耳を近付ける。
『もうすぐお母さんの誕生日でしょ?プレゼントを買わなきゃいけないの。イオンに連れて行ってくれない?』
そうか、娘は毎年妻の誕生日に自分のお小遣いからプレゼントを買っていたんだった。
カレンダーを見る。誕生日は明後日だ。明日は一日中仕事で今日は昼過ぎに出社予定だから、行くなら今日の午前中しかない。しかし娘は9:00〜12:00でスイミングの予定が入っている。・・・無理だな。
「ちょっと厳しいかもしれないね。急すぎる」
『お願い!どうしても買いたいの!』
「近場なら急げば間に合うけど、イオンじゃないとダメなの?」
『この前ドラえもんの映画見に行ったでしょ?あそこの1階の本屋さんの隣のお店に買いたいものがあったの!ねぇお願いお父さん!』
・・・ーー聞けば、そのお店の名前は見ていなかったとの事。ググればイオンのMAPがあるかとも思ったけど、スマホは充電中だし朝のテンションだとちょっと面倒だ。それに、違う店舗に同じ商品があるとは限らない。近場に無くて転々とするくらいなら最初からその店に行く方が確実だ。最悪、出社を1時間くらい遅らせたら間に合わない事もない…
私は前向きに考えた。
スイミングは12:00にバスで帰ってくるが、実際に終わる時間は11:00だ。なので私が直接迎えにいけばいい。そこからイオンまでは急げば…30分くらいか?10分でプレゼントを買い急いで帰れば12:10には家に着く。
妻には「迎えに行くついでに図書館に本を返しに行ってくる」と言えば多少帰りが遅くなってもいい訳が効きそうだ。
そんな事の為に出社を遅らせるなんて何を考えてるの?と、ムッとされる事は間違いない。どうにか上手い事言って納得させる方法を考えよう。「サプライズ」という大義名分は後々ネタバラシをした時に必ず「そういう事だったのね」と赦される結果となる為、どれだけ無茶苦茶な内容でもまぁ、・・・大丈夫だろう。
なによりも娘の“サプライズをしたい“という気持ちを尊重してあげたかった。優しい子なのだ。きっと妻は喜ぶ。その為には代替品などダメだ。本人がこれがいいと思っている物を買わせてあげようーー・・・
「よし、分かった。じゃあ今日のスイミング11:00に迎えに行くからこっそり買いに行こう」
『やった!ありがとうお父さん!!』
忙しい一日になりそうだ。
10:00ーー朝の家事に勤しんでいた所、怪物(次女)の世話をしていた妻から切り出された。
「今日、午後から長女のお友達の家に遊びに行こうと思ってるの。早くお昼ご飯を食べさせたいからスイミングの迎えに行ってあげてくれないかしら?もちろん遊びに行くことは内緒にしてちょうだい。きっと喜ぶわ」
え・・・?
洗濯物を干す手が止まる。
まさかの妻側から娘へのサプライズ。
タイミングが悪すぎる。
言うべきか。”かくかくしかじか”を今、ここで言うべきか?いや、ダメだ。絶対にダメだ。どうする。とりあえず何か返事をしなければ・・・
「OK、わかったよ」
全然OKじゃないぞ。
まずい。脇から汗が滲み出てきた。
図書館に行くなんてもう絶対に言えない。しかし他に帰りが遅くなる理由も思いつかない。頭をフル回転させる。いっそ車をぶっ壊すか?いや、全くもって意味が分からない。
・・・仕方ない。
忍法「ポンコツの術」だ。
もう・・・「ポンコツな男」を演じるしかない。
図らずも”迎えに行く口実”は出来たわけだ。後はもう「忘れてた」一点集中で押し通すしかない。
10:45ーー身支度を整え迎えに行く。
11:02ーースイミング終わりの娘が階段を駆け降りてくる。車に乗り込み「おつかれ!」と同時にキックダウンをかます。
11:10ーー頃合いを見計らって妻にLINEを送る。「娘、遅いな…トイレだろうか?」5分後に再度送る。「あ、来た!トイレに行ってから先生と雑談していたみたいだ。今から帰るよ」
イオンへ向かう道中、そういえばと思い私は娘に聞いた。
「お母さんに何を買ってあげるの?」
『そりゃもちろんお母さんが好きな物だよ!』
「え、好きなものなんてあったっけ?」
『え?!お父さんあんなに一緒にいるのに知らないの?!本当にお母さんの事好きなの?!』
まいったな。全く分からない。お金か?
「ごめん、わからない。教えてくれる?」
娘はやれやれとため息をつく。
『マロンクリームだよ!!全くもう!』
マ、マロンクリーム…?知らなかった。菓子でいうならカヌレじゃないのか?出会って10年以上経つがマロンクリームを食べている姿なんて見た記憶がない。いやいや、さすがにそれは…
信号待ちで検索をかけてみた。
【○○イオン マロンクリーム】
出た。

「湖月堂(こげつどう)」の栗饅頭だ。
やっぱり食べている姿は記憶にない。・・・ん?ちょっと待て、湖月堂なら近所のスーパーマーケットの中にあるぞ。失敗、やはり朝の時点で聞いておくべきだった。
今ならまだ引き返した方が早い。しかしその湖月堂に栗饅頭がある保証はもちろんない。とりあえず車を停めて電話をかけるか。
コンビニに入る。どうしたの?と娘は聞く。
「マロンクリームなら家の近くに同じお店があると思うからそこに行こうかと思ってさ」
『え、ほんとに?絶対ないと思うんだけど・・・』
これだよね?と、娘に検索した画像を見せる。
娘はやれやれと大きなため息をつく。
『マロンクリームはキャラクターだよ?!』
なんだと・・・?
誰だそれは。初めて聞いた。
てっきり栗饅頭の事を言っているのかと。
インターネットで【マロンクリーム】とだけ打つ。すると、検索ワードに【マロンクリーム サンリオ】が現れた。

コイツか。
見た事ある。見た事あるぞ。なるほど。
いや待て、だとしてもこれを好きだなんて聞いた事はやはり無い。このグッズを身に付けている姿を見た記憶も勿論ない。ほんとなのか?
まぁ、おそらくどこかのタイミングで「サンリオの中だとマロンクリームが一番好きかしら」といったニュアンスの会話を妻と娘の間でしたのだろう。
何事も全力で鵜呑みにする娘の中で「お母さんは生粋のマロンクリーム推し」へとアップデートされたのだ。
うん、まぁ・・・いっか。
買う物は分かった。次だ。
検索を続ける。どうやら娘の言うイオンにはサンリオが無い。サンリオ以外にマロンクリームのグッズが売ってある店があるのか?待てよ、そこよりも近くにある大型イオンにはサンリオがあるぞ。どうする?
私は2秒考えて娘に言った。
「○○イオンにサンリオがあるから、そっちに行こうか?そっちの方が近いし、マロンクリームのグッズもいっぱいあるかもしれない。」
『うーん、そうだね!私はマロンクリームがあるならどこでもいいよ!』
よし、これなら想定より早く帰れるかもしれない。ただこっちの大型イオンはだだっ広い。より一層スピーディに行こう。
11:20ーー奇跡的に入口付近の駐車場が空いている。いいね、ツイテる。急ぐぞ!と2人猛ダッシュで店内へ入る。入った瞬間、目の前にインフォメーションがあった。いいぞ、ツイテる。
聞けば、サンリオは2階の端だった。人目を気にせず2人で店内を走る。数年ぶりの運動で身体に違和感を感じたが問題ない。三の次だ。

サンリオに着くと直ぐスタッフにマロンクリームのグッズエリアを聞く。「マロンクリームちゃんは〜・・・」と言いながら呑気にもう1人のスタッフと話し合う様子を焦ったく見つめる。
何をしている。早く答えろ。こんな狭い店内でキャラクターの場所すら把握していないのか?新人か?何よりも先にキャラクターの配置を覚えるべきじゃないのか?こっちは死ぬほど急いでいるんだ。マロンクリーム“ちゃん“だと?ふざけてるのか?ちゃん付けするその3文字すらこっちは惜しいというのに。「アイツ」でも伝わる。早くしろ・・・まだか・・・早く・・・早く・・・
2時間くらい待たされた後(実際15秒)、スタッフが答える。「マロンクリームちゃんは今これだけですね〜(ニコッ)」
手のひらサイズのぬいぐるみがそこにはあった。これは…多分、ダメだ。一応娘に聞く。
『ぬいぐるみは子供のおもちゃだよ?!いいわけないじゃん!』
だと思った。もうマロンクリームの時点で何でもいいんだよ。とは言えない。さてどうする。
「他のやつでもいいかな?」『絶対だめ!』
「あっちのイオンにはあるの?」『絶対ある!』
『あっちのイオンにもなかったら他のやつを買う!』
ふぅ、仕方ない。走ろう。
11:28ーー車に乗り込む。一瞬息を整えてからキックダウンで当初のイオンを目指す。
悪手を指した。効率をとった結果、非効率な展開になる。一番嫌いなパターンだ。自分に対して苛立ちが募る。
【スパーキー】のステッカーを貼って信号無視のジグザグ走行でゴボウ抜きしたい衝動に駆られる。しかし流石に理性が勝る年頃だ。あくまで安全運転で急ぐ。気持ちだけがどんどん前のめりになるーー。

『ねぇねぇお父さん、○○くんって給食中に机の上に立ってダンダダン歌いながら変な踊りするんだよ笑。ヤバくない?』
「ヤバいな、ハハッ」
考えろ、どこに車を止めるのが一番早いだろう?映画館があるエリアは立体駐車場だ。そこからエレベーターを使うよりも平面駐車場から走った方が早いんじゃないか?いや、でも平面駐車場が満車だった場合に迂回する手間が発生する。ならば最初から立体駐車場に止めた方が早いか?さっきもそれで悪手を指した。しかし1分1秒が惜しい。賭けるかーー。
ふと先を見ると脇道から左折したそうに車の頭を少し出したジジイがいる。減速し手で合図を送る。ジジイは満面の笑みで会釈をして前に出る。徳を積むのだ。後々信号運や駐車場の空きで還元される。【急ぐ時こそジジイを入れる】俺の座右の銘だ。
ジジイはハザードで感謝を述べる。苦しゅうない。しかし長いな。10秒20秒経ってもハザードが止まない。2時間くらい立ち往生してたのか?嬉しすぎて泣いてるのか?目障りだからもう止めろジジイ。
徳を積むと心が落ち着いてきた。まだ大丈夫、何とかなる。LINEの通知があったが気にするな。こういう時こそ冷静になろう。そういえばさっき娘は何か言ってなかったか?完全に流してしまったが、給食時間に机の上に立って踊ってる奴がいたとか何とか。意味が分からない。机ってそんなに広いのか?普通お盆で埋まるんじゃないのか?どこに立つんだ、何だソイツ。2年生のくせに陽キャすぎないか?将来有望すぎる。いいな、楽しそうで。小学生に戻りたいな。子供っていいよなーー。
じじいハザード止めろや!!
11:43ーー平面駐車場に入る。よし、空きがある。やはりジンクス通り。2人で猛ダッシュをする。娘は何故か楽しそうに笑っている。何がおかしいのだコイツは。事の重大さが全く分かっていない。
先ほどの道中、妻からLINEが届いていた。
帰ってくる5分前に教えてくれる?お昼ご飯の準備をしておくから。もう着く頃かしら?
まだ返信はしていない。が、焦ってバナーをタップし既読を付けてしまった。
とりあえずプレゼントを買って車に乗り込んでから電話をしよう。地面にめり込むほど膝を曲げてバネを作る。しかし娘は普通に笑いながら付いてきている。いつの間にこんな速くなったのだ?子供の成長はやはり計り知れない。
いや、違う。私の足が遅いのだ。
これはフェールセーフだ。身体が異常を感知して機能を制限したのだ。そういえば動悸も止まらない。立ち止まれば膝が震えだす。私の足はもうこれ以上のスピードは出ないだろう。
それでも走る。
急ぐのだからこそ、奔るッッ

店内に入る。本屋はどこだ?マップを見る時間が惜しい。スタッフもいない。ドラえもんを観たあの日の記憶を辿る。映画を見終わった後、エスカレーターで下に降りてからエレベーターで更に下に降りた。すると目の前が本屋だった。
闇雲に走る。本屋がどこにもない。やはり映画館をスタート地点にするべきだった。くそ、また悪手だ。拉致があかずスタッフに尋ねる。「映画館はどこですか?」
「映画館なら突き当たりのエレベーターで4階に上がって下さいませ(ニコッ)」
娘とエレベーターに乗り込み4階を押す。一瞬の静寂。膝を手を置き一呼吸置く。俺はすぐに気付いた。
映画館じゃなくて本屋を聞くべきだった。
もう訳が分からない。スタッフからしたらどう見ても映画の時間が迫った親娘に映っただろう。この親父は映画の時間を間違えたのかと。そんなに急がなくても最初の5分はCMなのだよお父さんと。あら可愛い顔した娘さんねと。うるさい黙れ。
全てが悪手だ。一体何をやってるんだ俺は。
映画館フロアに着く。
すぐさまエスカレーターで階下へ降りる。その最中、エスカレーターから下のフロアが見えた。娘が叫ぶ。
『あー!本屋あった!!』
思い出した。エスカレーターは3階までしかない。なので前回もここからエレベーターを使用したのだ。エスカレーターの勢いそのままにエレベーターへ乗り込む。タイミングよくドアが開く。ツイテる。食い気味に1階を押した。
エレベーターの中ではもうドアの目の前50mmで待機をする。開いた瞬間飛び出す気持ちだ。同じ気持ちの奴が入る側にいたら衝突するだろう。知るかそんなもん。出る方が先なんだから俺は悪くない。少しでも揉めたら「転蓮華(てんれんげ)」をお見舞いしてやる。

1階に着きドアが開くーー。
瞬間、2人は立ち止まった。
ここはーー。
見覚えがある。というより、さっき見た。
間違いない。先ほどスタッフに案内されてエレベーターに乗った場所だ。遠くにそのスタッフが見える。どういう事だ・・・
俺は騙されたのか・・・?
奴の術中にハマっているのか・・・?
ここはあのスタッフの領域内なのか・・・?
俺は考えた。(5秒)
そして叫ぶ。
本屋は2階だ!!
すぐに踵を返す。しかしエレベーターは先へ行ってしまった。上ボタンを押す。娘が3つのドア全ての上ボタンを押す。意味ない事はやめろ。車椅子ボタンも流れで押す。やめろお前!開閉時間が延びるだろ!!
早く早くー!!と足踏みをする娘。
私は肩で…いや、全身の毛穴で息をする。
4階ーー3階ーー2階ーー
エレベーターが降りてくるーー・・・
『あ、ねぇねぇお父さん。そういえば○○ちゃんってお母さんの事「ブルーゴリラ」って呼んでるらしいよ笑。ヤバくない?』
スマホの時計を確認する。11:50ーー。着信が鬼のようにきている。「どうしたの?なにかあったの?」というLINEとともに。また着信がなる。今電話を出る事は出来ない。台無しだ。せめて車に乗らなければ。エレベーターに乗り込み2階を押す。
2階へ着きドアが開く。目の前の本屋を見た娘が歓喜の雄叫びをあげる。
『ここだー!!やったぁー!!!』
ギアをあげる娘、見失わないように必死で後を追う。本屋の棚に並べられた”本屋大賞2025”のイベントコーナーを横目に角を曲がる。一面に広がる「お目当ての店」が眼前に現れた。
瞬間、立ち止まる。
な・・・なん・・・だと・・・?!
血ヘドが込み上げてくる。気を緩めると全身が痙攣を起こしそうだ。口を開けて目の前の光景を呆然と眺める。
ちょっと待て・・・娘・・・・・・お前・・・
こ・・・ここは・・・・・・
セ・・・セ・・・
・・セ・・・セ・・・・・・セ・・・

セリアァ?!?!!?!?!?
膝から崩れ落ちる。声に出してしまった事で身体が遂に限界を迎えてしまった。ちょっと待ってくれ。心の叫びはなおも続く。
セリアですやん!
セリアですやん!!
ここ、Seriaですやん!!!
足が太ももまで地面に突き刺さったように動けない。込み上げてくる血ヘドを飲み込み息を整える。落ち着け、落ち着け。
お父さーん!と呼ぶ声が聞こえる。
ポケットの中ではスマホが暴れ回っている。
うるさい、ちょっとだまってろ。
娘に問う。
「セリアやん!本当にここで合ってる⁈」
『ここだよー!ずっとここに来たかったの!ありがとうお父さん!!』
「セリアなら家の近くにいっぱいあるやん!!」
『そうだっけ?まぁあったんだからいいじゃん♪』
「いや・・・・・・」
『ねぇお父さんコレとコレどっちがいいかなぁ?』
「・・・・・・・・・・・・・」
嬉しそうに吟味する横顔を見つめる俺。
目当ての物を2つ手に取りレジへ向かう娘。
ふと立ち止まり財布の中身を確認する娘。
振り返り心配そうな顔をして俺に言う。
『お父さん私1000円しか持ってないけ・・・』
「220円だよ!!!」
支払いが終わり早歩きで車に向かう。
12:08ーーもうとっくに取り返しがつかない。悪手ではない。私は初めから詰んでいたのだ。もはや急ぐ気力も沸かない。しかしこんなにも連絡がないと妻は心配して警察に行きかねない。全力の早歩きだ。とにかく妻に連絡を入れなければーー
車に乗り込み一呼吸置いて電話をかけた。
コール音が鳴る前に通話が始まるーー。
「ちょっと!どうしたの?!なんで電話に出ないの?!なにかあったの?!」
Bluetooth(ハンズフリー)が車内に響き渡る。
「・・・ごめん。スマホ車に忘れてちょっと買い物とか図書館に本返したりしてたらこんな時間になってしまっ・・・」
「どういう事?!今日は早く帰ってきてって言ったじゃない!!」
「・・・・・・あぁ!!そうだった!忘れてた!!ごめん!本当に申し訳ない!!」
「どうして?!なんで家を出る前に言った事を忘れるの?!」
「本当にごめん・・・!アホだ俺は・・・」
「なんでスイミング帰りで髪も濡れてる○○ちゃんを連れ回すの?!風邪引いたらどうするの?!」
「すぐに済むと思ったんだ。気付けばこんな時間に・・・本当に申し訳ない・・・」
「あなたそもそも仕事じゃなかったの?!嘘を付いていたの?!」
「それも忘れてしまってたんだ・・・会社には一報入れたから帰ったらすぐに支度するよ」
「えぇ?!全く理解できないわ!なんでそんな自分勝手な事をするの?!なんで出る前に言った事をそんなにすぐに忘れるの?!なんでーー・・・」
説教は10分以上続いた。
おかげでかなり家に近づいている。
あと15分くらいで着きそうだ。
さっき図書館を出た事にしよう。
「それで、まだ家に付かないの?!」
「ごめん、さっき図書館を出たからあと10分ちょいかな・・・」
「え?!まだ出発してなかったの?!もう本当に意味が分からないわ!あなた大丈夫?!疲れてるの?!なにか不満でもあるの?!」
もはや心配しだす妻。
「ごめん・・・申し訳ない・・・」
ひたすら謝る。言い訳をせずにただひたすら。世の親父どもよ、お前らにこれが出来るか?怒る妻には誠心誠意、ひたすら謝るんだ。ほら、ポンコツすぎて心配しだしただろう?言い訳だけはするなよ。自尊心なんかクソ喰らえだ。
ちらりと後部座席を見る。さぞ心配の眼差しを向けていることだろう。なんせ一家の大黒柱が自分のせいで糾弾されているのだ。心配するな娘よ。お前の為なら私はいくらでも必要悪となってやる。ウインクでアイコンタクトでもとるか。
娘はあいみょんを口ずさみながら嬉しそうにプレゼントを眺めていた。まるで自分に全く関係のない夫婦喧嘩が早く終わらないかなーと願うかのように。
なんでそんなに涼しい顔が出来るんだ。そのメンタルを少し分けてくれないだろうか。かなり仕事に活きそうだ。
その後、なんとかその場は収まり「もう急がなくていいから安全運転で帰ってきてちょうだい」とまで言わせる事に成功した。
ふぅ、もう急がなくていい。
周りの景色が緩やかだ。
さっきまでの殺伐とした空気が嘘のように穏やかに時が流れる。隣に目をやる。割り込み運転を繰り返すセダンが過ぎ去っていく。何をそんなに急いでいるんだい?そんなに急いでも現地に着く時間は変わらないというのに。
『さっきブルーゴリラちょー怒ってたね笑』
娘がニヤリと笑う。
ブルーゴリラ・・・どこかでそのフレーズを聞いたな。いつだったか。友達が母親の事を「ブルーゴリラ」と呼んでいるとかなんとか。なんだそのハイセンスなあだ名は。最近の小学生の感性にはつくづく驚かされる。
そういえば、セリアで買ったものをよく見てなかったな、と思い聞いてみるとすんなり見せてくれた。

なるほど、メモ帳とペンなら実用性がある。確かにぬいぐるみよりは大分マシだ。これに手紙と、「次女と2人で作った折り紙弁当」を加えて此度のプレゼント大作戦は完了するそうだ。
早くお母さんの誕生日こないかな〜と満足気に語る娘。
いや、ブルーゴリラ怒ってんの君のせいやん。と気付いた頃に家に着く。12:40。過酷な2時間だった。8年くらい寿命が縮んだ気がする。
私の顔を見ると再燃する事はもう分かっている。娘を下ろしてそのまま仕事に逃げたい所だが悪手オブ悪手なのも分かっている。詫び石(お土産)を買うヒマもなかった為、やはり帰ってからも謝る一択だ。
その後、無事に妻をなだめて仕事に行った。
娘の友達の家に遊びに行くというサプライズも中止とならずに済みホッと胸を撫で下ろす。
明後日くらいに来るであろう激筋肉痛に備えて今夜は熱い湯船に浸かろう。
ん?
あれ?
マロンクリームちゃんは?
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