言うことができない人の側で、立ち止まる
(先日、threadsのゴースト投稿した↓)
なんつーか、
被害から40年経っても、
起きたことをを口に出して、
どうしても言えない者にとって、
伊藤詩織さんの件に向き合い、
直視しようとするだけで、
嗚咽するほど苦しくなって、
眠れなくなり、
時には生活に支障が出ることを、
「男社会」+「沈黙を強いる文化」+「被害者神話」にどっぷり浸かった人達には、
死んでも想像できないんだろうなぁ。
ひたすら憂う。
自分を保つのがキツい。
ただ、この状況に陥ってるのは、
自分一人じゃないことも分かってるから。
伊藤詩織さんとは別の方法で、
自分にできることをやる。
動きはとてつもなく遅いけど できる限りのことをやる。
諦めない。
うん。ここまで書いたら、涙、おさまった。
ゴースト投稿、ありがた山。
さぁ、寝よう。
(翌日のゴースト投稿↓)
あ。別に伊藤詩織さん擁護派ではない。
念のため。
状況を分解・解体し、
問題の構造を詳らかにする過程で、
どうにも前に進めなくなる。
身体が拒否反応を示す。
勝手に投影して、勝手にダメージを受ける。
伊藤詩織さんに限らず、
象徴的な女性を通して、
同じような打撃を受けてる人が少なくないのでは?と感じる。
そうせざるを得ない痛みを感じ取ってしまう。
彼女たちの中に自分の一側面を見てしまう。
そして、まるで自分が責められているように感じてしまう。
だから、目を背けたくなる。
やっぱり一旦、 情報から距離を取らないとね。
ものすごい吸引力に引きずられて、 自分がぶっ壊れないように。
ああ~、なんか回避型男子と言われる人達って、このプロセスなのかな。
だから、
「言えばいいのに、なんで沈黙?」っていう言葉が暴力的に聞こえるのか。
うん。言えないね。
沈黙しちゃうよね。
相手のことが嫌いだったら、 離れるだけで全然オッケー🙆♀️
でも、相手のことがどうしようもなく好きだったら、ジレンマに陥るね。
投影してダメージを受けてしまう自分が悪いと感じる。
相手は悪くないと思ってしまう。
一緒にいたいのに、一緒にいられない。
辛いね…。
自分も相手も悪くないのにね。
深い傷がそう感じさせてしまう。
傷を負った自分と向き合い、自分を責めずに、痛みを受け入れて、自分を許し、受容できるようになれるといいな。
私も、その途上。
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