【歴史の珍事】エジソン、自分の結婚式を忘れる
今日もカランコロンとドアベルを静かに響かせ、常連客が店内へと入ってきた。
「いらっしゃい。今夜は格別、冷え込みますね」
「マスター、こんばんは。今夜もいつものブレンドをひとつ、お願いします。それと……今日もまた、歴史上の偉人達のクスッと笑えるお茶目なエピソードを聞かせてくれませんか?」
「かしこまりました。それでは今夜も、ひとつの物語を味わっていただきましょう」
マスターは豆を挽き、ドリッパーにフィルターをセットしてお湯を注ぎ始めた。店内には心地よい音が響き、香ばしいコーヒーの香りが広がっていく。
「今夜は、『発明王エジソンが、自分の結婚式をすっかり忘れて研究所に引きこもってしまった事件』のお話です」
「結婚式ですか? そんな人生の一大イベントを忘れちゃうなんてこと、ありえますか?」
マスターはお湯を慎重に落としながら、くすっと微笑んだ。
「1871年、24歳のエジソンは、16歳のメアリーという女性と結婚することになりました。式はつつがなく執り行われ、無事に夫婦となった二人ですが、式が終わった直後、エジソンは『ちょっと研究所に寄ってくる』と言って、一人で自分の実験室へ向かったんです」
「まあ、式の後にちょっと仕事の整理をしに行ったくらいなら、まだ分かりますけど……」
「問題はそのあとです。研究所に入ったエジソンは、たまたま進行中だった実験のデータが気になり、没頭し始めてしまいました。彼の集中力は一度スイッチが入ると凄まじく、時間の感覚も、自分がたった今結婚したことすらも、頭から完全に吹き飛んでしまったんです」
「えっ……まさか、そのまま……?」
「その通りです。夜が更けて真夜中になり、午前0時を過ぎてもエジソンは帰ってきませんでした。心配した友人が『さすがに今日くらいは家へ帰れ!』と焦って研究所へ迎えに来たんです。実験室のドアを開けると、エジソンは眉間にシワを寄せて夢中で実験をしていました」

「友人もびっくりしたでしょうね」
マスターは淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら続けた。
「友人が『おいエジソン! 新婦が家で待ってるぞ! 今日が何の日か分かってるのか!?』と声をかけると、エジソンはハッと顔を上げ、時計を見てポカンとした顔でこう言ったそうです」
「なんて言ったんですか?」
「『ああ、大変だ! 今日は僕の結婚式だった!』」
「いや、式はもう終わってるって……!」
客は思わず吹き出してしまった。
「式を挙げたことも忘れて、新婦を放置して真夜中まで実験してたんですか。 それで奥さんは怒らなかったんですかね……?」
マスターはお客さんの前に、湯気の立つ温かいコーヒーをそっと置いた。
「奥さんも呆れ果てたそうですが、エジソンの極端な集中癖をよく理解していたので、怒りつつも許してくれたそうです。生涯で1,000件以上の特許を取得した『発明の父』ですが、ひとたび何かに集中し始めると新婚初夜のことすら忘れて没頭してしまう……世紀の発明王エジソンならではのお茶目なエピソードです」
「あはは…… 偉業の裏にはそれだけの凄まじい集中力と、周りの人の寛大な優しさがあったんですね。マスター、今夜も最高の1話をありがとうございました」
「ふふ、喜んでいただけて何よりです。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
