雨の隙間で見つけた、本当の私
六月の終わり。
窓の外では、止むことのない霧雨が街を淡い灰色に染めていた。
湿気で肌に張り付くようなオフィスの空気。デスクの向こうでは、連休のない時期の疲れが溜まった同僚たちが、キーボードを叩く音だけを響かせている。
「……あ、私、今日はここまでにします。これから、どうしても見に行きたい写真展があるんです」
そう言って立ち上がったのは、後輩のレイナだった。
まだ就業時間まで少しある。けれど彼女は、山積みの書類を「明日、集中してやります!」と笑顔で宣言し、軽やかにバッグを肩にかけた。
レイナが去った後の静寂の中で、私は冷めたコーヒーを口にした。
(……なんて自分勝手なの。この雨の中、みんな黙々と頑張っているのに)
私の心の中に、どろりとした「非難」が湧き上がる。
「ワガママだ」「自分勝手だ」「周りの空気を読むべきだ」。
そうやって自分の中で彼女を裁くたびに、私は自分の胸に「正しさ」という名の勲章をピンで留めていく。私は我慢している。私は空気を読んでいる。だから、私の方が正しい。
けれど、その勲章の針が、チクリと胸の奥を刺した。
その日の帰り道。
駅前の公園に咲く紫陽花(あじさい)が、雨に濡れて鮮やかに輝いていた。
美しく、ただそこに咲いている花を見つめているうちに、カウンセラーのブログで読んだ言葉が不意に蘇った。
『ワガママとは、自分の思いのまま、ありのままに振る舞うこと』
私は傘を差したまま、立ち尽くした。
私がレイナに感じたあの激しい怒りの正体。それは「正義感」なんかじゃなかった。
「……羨ましかったんだ、私も」
本当は、私も雨の日の静かな美術館に行きたかった。
本当は、私も湿気で重たい頭を休めたかった。
「嫌われるのが怖い」「わがままだと思われたくない」という鎧を何枚も着込んで、身動きが取れなくなっている私を、レイナという鏡が見せつけていたのだ。
彼女を「ワガママな嫌な奴」に仕立て上げることで、私は自分の「不自由さ」を正当化していた。
「私は正しく生きているから、不自由で当たり前なんだ」と自分を騙していた。
(なんてゲスいんだろう、私……)
自分の心の底にある醜い嫉妬を認めた瞬間、ふっと肩の力が抜けた。
紫陽花は、誰に遠慮することもなく、自分の色で咲いている。
青い花も、紫の花も、ただ「そうありたい」ようにそこにいる。
私は駅への道を少しだけ逸れて、ずっと気になっていた路地裏の小さな雑貨店に立ち寄ることにした。
夕飯の支度も、明日の仕事の準備も、一度横に置いて。
「すみません、このキャンドルを。……自分へのプレゼントにしたいんです」
店員さんにそう告げた時、少しだけ声が震えた。
でも、不思議と胸の奥は温かかった。
「ワガママ」という言葉は、自分を縛る鎖ではなく、自分を解き放つ合図。
アナと雪の女王が歌ったように、凍りついた「正しさ」を溶かして、ありのままの自分に戻るための魔法。
雨上がりのアスファルトに、街の明かりが反射してキラキラと輝き始めている。
明日の朝、オフィスに行ったら。
まずはレイナに、「昨日の写真展、どうだった?」と、嫉妬のない真っ直ぐな言葉で聞いてみよう。
そして、私も少しずつ、自分の「思いのまま」をこの世界に許していこう。
六月の雨が、私の心の鎧を綺麗に洗い流してくれたような、そんな気がした。
カウンセラーの視点から
六月の梅雨時期は、気圧の変化もあり、心も体も「重く」なりやすい時期です。
そんな時ほど、私たちは「頑張っていない人」や「自由に振る舞う人」を見て、ついつい自分の正しさを主張したくなってしまいます。
でも、そのイライラは「あなたも、もっと自由になっていいんだよ」という、心の奥底からのメッセージかもしれません。
「ワガママ」なあの人は、実はあなたがなりたかった、未来のあなたの姿。
自分の中の「ゲスい本音」を認めちゃえば、世界はもっと優しく見えてきます。
さて、雨の季節の終わりに、あなたは自分にどんな「ワガママ」をプレゼントしてあげますか?
「ありのまま」のあなたで、今日を過ごせますように。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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