『星を数える王』
ある街に、並外れた才覚で巨大なビジネス帝国を築き上げた男がいた。彼の名はサカモト。
サカモトの口癖は「人の上に立て。さもなければ、誰かの足台になるだけだ」だった。彼はその言葉通り、競争相手を叩き潰し、部下を完璧にコントロールし、すべてを自分の支配下に置いた。彼のビルは街で最も高く、その最上階にある社長室からは、街のすべてが見下ろせた。
サカモトの周りには、常に数え切れないほどの人がいた。
お世辞を並べる役員、彼の顔色を伺う秘書、機嫌を損ねないように立ち回る取引先。誰もがサカモトの指示に「イエス」と答え、彼の命令通りに動いた。
ある夜、サカモトは創立記念の盛大なパーティーを開いた。会場には数百人の華やかなゲストがひしめき、サカモトを称賛する乾杯の声をあげていた。
しかし、ステージの上から彼らを見下ろしたサカモトは、ふと奇妙な感覚に襲われた。
(……誰もいない)
確かに目の前には大勢の人間がいる。しかし、彼らはサカモトという「人間」を見ているのではない。サカモトが持つ「権力」や「金」、あるいは「恐怖」に怯えて、頭を下げているだけだった。
「社長、素晴らしいスピーチでした!」
一人の役員が、すり寄るようにワイングラスを差し出してきた。
サカモトは冷めた目で彼を見た。「本当にそう思ったか? 退屈な話だと思わなかったか?」
役員は一瞬だけ顔をこわばらせ、すぐに営業用の笑顔を貼り付けた。「滅相もない! 非常に感銘を受けました!」
サカモトは気づいてしまった。
この男は、自分の本心を喋っていない。ここにいる全員がそうだ。彼らはサカモトに支配され、サカモトの影の一部になってしまっている。
「どれだけ人間が集まろうと、この会社は『私』という一人の人間にすぎないのか」
サカモトはグラスを置き、誰にも告げずにパーティー会場を抜け出した。
夜風に吹かれながら、サカモトはあてもなく歩いた。
きらびやかな中心街を離れ、少し古びた下町の公園にさしかかった時、ベンチで一人の男が缶ビールを片手に、夜空を見上げているのが見えた。男の服には泥やペンキがついており、どこかの職人のようだった。
サカモトはなぜか足が止まり、その男から少し離れたベンチに腰掛けた。
男はサカモトの高級なスーツを見ても、特に驚く風でもなく、ただ「こんばんは」と短く声をかけてきた。
「……良い夜ですね」とサカモトは言った。いつもなら他人にかけるはずのない、何の意味もない言葉だった。
「ああ、星がよく見える」
男は空を指差した。「あんた、そんな高いスーツを着て、ずいぶん疲れた顔をしてるな」
サカモトは息を呑んだ。
会社では、誰も彼に「疲れた顔をしている」なんて言わなかった。強大で、完璧なトップでい続けなければならなかったからだ。
「私は……多くのものを手に入れた。誰もが私の言うことを聞き、私の下についた。だが、気づけば周りには誰もいなくなっていた。誰も私と対等に話そうとしないんだ」
サカモトの吐露を、男は静かに聞いていた。そして、缶ビールを一口飲むと、小さく笑った。
「そりゃそうさ。あんたが全員を『自分の下』に置いちまったんだからな」
男は言った。「人の上に立つってのは、誰も登ってこられないハシゴのてっぺんに一人で座るようなもんだ。あんたに支配された奴らは、あんたの『手足』にはなれても、あんたの『友達』にはなれない。一社に何万人社員がいようと、それは一つの巨大な生き物であって、一人の人間と変わらないんだよ。対等な人間がいなきゃ、そりゃ孤独にもなるさ」
サカモトは言葉を失った。自分が薄々感じていた恐怖を、この見ず知らずの男が正確に言葉にしたからだ。
「どうすればいい?」サカモトは震える声で尋ねた。「どうすれば、その孤独から抜け出せる?」
男はベンチから立ち上がり、ポケットからもう一本の缶ビールを取り出すと、サカモトの隣にコトリと置いた。
「ハシゴを降りて、地面に足をつけなよ。支配するのをやめて、相手の言葉をそのまま受け入れるんだ。お互いの弱さを笑い合えるようになって、初めて人は『一人』じゃなくなるんだから」
男はそれだけ言うと、暗闇の中に去っていった。
翌朝、サカモトのオフィスの空気はいつもと違っていた。
出社したサカモトは、いつものように直立不動で出迎える秘書に、こう言った。
「おはよう。……ところで、昨日提出してもらった企画書だけど、君は本当にあれで進めたいと思っているかい? 役職や立場は抜きにして、君個人の意見が聞きたいんだ」
秘書は驚いて目を見開いた。サカモトの目が、いつもと違って優しく、対話を求めているように見えたからだ。
「実は……」
秘書は少し躊躇した後、自分の本当のアイデアを語り始めた。
サカモトはそれを静かに、微笑みながら聞いた。彼の世界のピラミッドが、少しずつ崩れ、平らな大地へと変わっていく音が聞こえるようだった。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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