逃げる覚悟 ―― 5分間の境界線 ――
深夜2時。
結衣(ゆい)は、真っ暗な部屋でスマートフォンの青白い光を見つめていた。
画面には、SNSの華やかな投稿でも、好きなアイドルの動画でもなく、「消えたい」「楽になる方法」という検索結果が並んでいる。
明日の朝が来なければいい。学校という檻に行かなくて済むのなら、このまま空気になって消えてしまいたい。
お腹の奥が、雑巾を絞るように痛む。胸が苦しくて、浅い呼吸しかできない。
「誰か助けて」
そう言いたくても、誰の顔も浮かばなかった。親に言えば悲しませるか、あるいは「甘えるな」と一蹴されるだろう。友達は、私の悩みなんて気づきもしない。
そんな時、ふと目に留まったのが、あるブログのタイトルだった。
『消えたいあなたへ。5分だけ私にちょうだい』
「……5分?」
結衣は、吸い込まれるようにそのページを開いた。
1. 想像の向こう側
そこに書かれていたのは、綺麗事ではなかった。
自称「変なオバサンカウンセラー」は、命の尊さなんて説かなかった。
「死んだ経験はないから、ホントに死んだらラクになるかなんて分からない。もしかしたら、もっと苦しくなるのかも知れない」
その突き放したような、けれど正直な言葉に、結衣の指が止まった。
大人たちはいつも「生きていれば良いことがある」と言う。けれど、この人は「死んだ後のことは誰にも分からない、想像でしかない」と言うのだ。
読み進めると、意外な言葉が飛び込んできた。
「消えたいという覚悟、よく頑張ったね。耐えて耐えて、出した結果だもんね」
初めてだった。
死にたいと思うことが「いけないこと」ではなく、それほどまでに頑張った証拠だと肯定されたのは。
結衣の目から、熱いものがこぼれた。
「分かってくれる人がいた……」
2. 角度を変える
けれど、ブログはこう続いていた。
「でもね、その覚悟、ちょっと角度が違うかなぁと思ってるの」
「消える覚悟の前に、逃げる覚悟をして欲しい」
逃げる覚悟。
結衣にとって、学校を休むことは「負け」であり「脱落」だった。けれど、そのオバサンは、それを「自分を守るための、積極的な選択」だと呼んでいた。
「学校なんてサボっていいよ。バカになれ! 私のせいにしていいから」
その言葉は、重く閉ざされていた結衣の心のドアを、外から軽やかにノックしたようだった。
3. 他人だからできること
ブログの最後には、親たちへ向けたメッセージも添えられていた。
「私は責任も取らない他人だから、私を悪者にして、子供に逃げ場を作ってあげてほしい」という、型破りな提案。
結衣は、リビングで寝静まっている母親の背中を思い出した。
お母さんも、どうしていいか分からなくて不安なのかもしれない。もし、この「変なカウンセラー」のせいにできれば、お母さんも私も、少しだけ肩の荷が下りるのだろうか。
4. 明日の景色
時計の針は3時を回っていた。
依然としてお腹は痛いし、明日が怖いことに変わりはない。
けれど、結衣の心には、ほんの少しだけ別の選択肢が芽生えていた。
「消える」のではなく、「逃げる」。
学校へ行く道ではなく、近くの図書館へ行く道。あるいは、ただ一日中、布団の中で丸まっている権利。
結衣は、ブログのお問い合わせフォームを開いた。
【お問い合わせ項目:その他】
「……5分、あげます」
そう小さく呟いて、震える指でメッセージを打ち込んだ。
明日、世界が終わるわけじゃない。
ただ、今までとは違う「逃げる」という戦い方が始まるだけ。
画面の向こうにいる、会ったこともない「オバサン」の笑顔を想像しながら、結衣は数時間ぶりに深い息を吐き出した。
物語のメッセージ
この物語は、「絶望した時の唯一の味方は、正論ではなく『逃げ道』である」ということを伝えています。死ぬほどのエネルギーがあるのなら、そのエネルギーを「逃げること」に使ってみる。他人を頼り、誰かのせいにして、まずは自分の命を確保する。そこから本当の人生が再始動するのです。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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