6秒の井戸
あるところに、あらゆるものが「一瞬」で手に入る、世界一便利な街がありました。
街の名前は「今すぐシティ」。 そこでは、部屋が少しでも暑いと感じれば、壁のボタンをひと押しするだけで、一瞬にして冷気が部屋を満たしました。お腹が少しでも空いたと感じれば、指先ひとつで、数分後には目の前に温かい料理が届きました。お金が欲しいと思えば、画面をタップして次から次へと新しい仕事や投資に飛びつき、手に入れたお金でまた新しいモノを「今すぐ」買い漁りました。
この街の人々は、誰もが口癖のようにこう言っていました。 「待つなんて時間の無駄だ。我慢なんて損をするだけだ。自分を今すぐ満たすことこそが、最高にスマートな生き方だ」
しかし、誰も気づいていない奇妙な現象が起きていました。
部屋を涼しくすればするほど、窓の外の路地は、じっと立っていられないほどの熱風が吹き荒れるようになりました。その熱のせいで川は干上がり、地中の水道水はお湯のように生温くなりました。 人々は、お腹が空く「衝動」に任せてブタのように食べ物を貪り食うため、今度は膨らんだ体を削ろうと、冷房の効いたジムの動かないマシンの上で、どこにも辿り着かない走りを続け、無駄な汗を流していました。 そして、お金を稼いでは使い、使うためにまた心と体をすり減らして働き、いつも「足りない、もっと欲しい」と、目に見えない檻の中でイライラと怯えながら暮らしていたのです。
街の人々は、全員が「自分さえ良ければいい」という我(エゴ)の塊になっていました。そして、自分が快適さを追い求めれば追い求めるほど、巡り巡って自分たちの世界が破壊され、自分の首が絞まっていることに、誰も気づいていませんでした。
この街の片隅に、古い平屋に住む一人の「老人」がいました。
老人の家には、エアコンも、最新の宅配端末もありません。あるのは、裏庭にある深い、深い「井戸」だけでした。
ある猛暑の日の夕暮れ。一人の若者が、真っ赤な顔をして息を切らし、老人の家の前に倒れ込みました。エアコンの使いすぎで街中の電力がパンクし、街全体の冷房が一斉に止まってしまったのです。
「死にそうだ……。おじいさん、頼む、冷たい水を、冷房をくれ……!」
老人は何も言わず、若者を縁側に座らせました。そして、裏庭の井戸から、静かにバケツで水を汲み上げてきました。
「ほら、これを飲んでごらん」
差し出された一杯の水を、若者は一気に飲み干しました。その瞬間、若者はハッと目を見開きました。 冷たい。凍らせた氷水のような不自然な冷たさではなく、体の奥にじんわりと染み渡るような、深く、透き通った冷たさでした。
「なんだこの水は……! どこで冷やしたんだ!?」 「冷やしてなどいないよ。地中の奥深くにある、昔からの井戸水だ。今の街の人は、誰も見向きもしないがね」
若者は驚き、なおも言いました。 「でも、部屋が暑くてたまらない! 早くなんとかしてくれ!」
老人は静かに微笑み、若者の肩を優しく押さえました。 「まぁ、そう焦るな。少しだけ、そのままじっと我慢して座っていなさい」
「我慢だって!? そんなの無理だ、不快だ、今すぐ涼しくなりたいんだ!」 若者はイライラして立ち上がろうとしました。しかし、停電している今はどうすることもできません。若者は文句を言いながらも、仕方がなく、ただじっと縁側に座り続けるしかありませんでした。
1分、2分、3分……。 最初の「今すぐ涼しくなりたい!」という激しい衝動が、時間の経過とともに、少しずつ静まっていきました。
すると、不思議なことが起こりました。 あんなに不快だったはずの「暑さ」に、若者の体が少しずつ馴染んできたのです。そして、それまで耳に入らなかった、庭の木々を揺らす「サラサラ」という葉の音が聞こえてきました。
次の瞬間、縁側を「そよっ」と一筋の風が吹き抜けました。
「……あ」 若者は小さく声を漏らしました。 その風は、エアコンの冷気よりも遥かに心地よく、若者の汗を優しく引かせていきました。
「どうだね」と老人は言いました。 「『暑い』と感じた瞬間にエアコンをつければ、一瞬は涼しくなる。だが、その代償として外の空気を熱し、地球を壊し、巡り巡って水まで熱くしてしまう。だがね、ほんの少しの間、踏みとどまって我慢をしてみる。すると、体は自然と環境に馴染み、さっきまでは気づかなかった風の涼しさを感じられるようになるんだ」
若者は、自分の胸に手を当てました。 そういえば、自分はいつも「お腹が空いた」と思えばすぐに暴食し、その後で罪悪感に駆られてジムに走っていました。「お金が足りない」と焦っては、自分の欲のために心をすり減らしていました。すべては「今すぐ満たされたい」という我が身の欲が原因だったのではないか。
「私はね」と老人は続けました。 「『我慢』というのは、自分を痛めつける苦行ではないと思っている。それはね、『自分と世界を救うための、最も賢く、美しい知恵』なんだよ。 ほんの少しの間を置くだけで、無駄なエネルギーを使わずに済む。地球を壊さずに済む。そして何より、自分自身の心が、欲の嵐から解放されて静かになるんだ。現代人は、この『ちょっとした間(ま)』を忘れてしまったから、自分で自分を苦しめているのさ」
若者の目から、一筋の涙がこぼれ落ちました。 「僕たちは……自分さえ良ければいいという『我』の塊になって、自分の手で自分を不幸にしていたんですね」
それから、若者は変わりました。 「今すぐシティ」の友人たちに、あの井戸水の冷たさと、縁側で通り抜けた風の心地よさを、自分の言葉で語り始めました。
「なぁ、お腹が空いても、3分だけ待ってみないか? 体が本当に求めている量がわかるから」 「買い物をしたくなったら、一晩だけ我慢してみないか? 自分を本当に豊かにしてくれるものが何かわかるから」
最初は「何を時代遅れなことを」と笑っていた街の人々も、若者の穏やかで満ち足りた表情を見るうちに、一人、また一人と、日常の中に「ちょっとした我慢(間を置くこと)」を取り入れ始めました。
やがて、「今すぐシティ」のエアコンの室外機は静まり返り、街のアスファルトは熱を失い、川には再び、冷たくて美しい水が流れ戻ってきました。
人々は、過剰な欲を手放したことで、お金に振り回されることもなくなり、本当の意味で「自分も、他人も、地球も救われる」という、穏やかな豊かさの中で生きていくことができるようになったのです。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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