6月の旋風と、あじさい色の掃除機ミステリー
「いよいよ、今日が来たわ……!」
麻貴は実家の台所で、湿り気を帯びた初夏の風を感じながらエプロンの紐を締め直した。
6月。暦の上では入梅。そして麻貴にとっては、「4人の師匠」こと、2歳児2人、4歳児1人、8歳児1人の怪獣軍団が、昼過ぎにこの家へ集結する「決戦の日」だ。
外はあじさいが鮮やかに色づき始めているけれど、家の中は嵐の前の静けさ。
「師匠たちが暴れる前に、せめて床だけでも……」
そう思い立った麻貴は、ふと首を傾げた。
「……あれ? 掃除機どこ?」
料理が得意分野で、台所のことなら調味料のミリ単位まで把握している彼女だが、掃除用具の定位置には無頓着だったのだ。
「お義母さーん、掃除機どこですか?」
戻ってきた義母の答えに、麻貴は耳を疑った。
「外の物置にあるわよ」
「……物置!? この湿気の多い6月に、外の!?」
毎日、あの重い掃除機を物置から出し、庭を通って家まで往復していたというのか。お義母さん、なんてストイックな修行僧なの……! 麻貴が「毎日大変でしたね、お義母さんの足腰が心配です!」と愛の告白をしようとした、その時だった。
「……え? 今、なんて?」
「掃除機? 一週間に一度しかかけないわよ。」
お義母さんは、雨上がりの空のようにケロリと言った。
「ホコリじゃ死なない」という福音
麻貴の脳裏に、かつての記憶が蘇る。
昔、うつで暗闇の中にいた頃。東京から震える声で電話をかけたことがあった。
「お義母さん……掃除すら、できないんです……私、ダメなんです……」
その時、電話越しに返ってきたのは、拍子抜けするほど明るい声だった。
「大丈夫よ、ホコリじゃ死なないから!」
当時の麻貴は「いや、死ぬ! 私は今、ホコリの重圧で死にそうなんだ!」と本気で絶望していた。だが、目の前のお義母さんはどうだ。週に一度、気が向いた時に物置から掃除機を出すスタイルで、誰よりもパワフルに笑っている。
麻貴の価値観では「掃除機は一日一回」が鉄則。
でも、お義母さんの世界では「そんなにかけんでもよかよか~♡」が真理。
「……ここにも、最強の『師匠』がいたわ」
麻貴は湿った空気の中、物置から運んできた掃除機を握りしめ、自分の中の「完璧主義」というホコリを吸い取るように床を滑らせた。
6月の宴、長男の嫁の「静かなる」参戦
今日は集落15世帯が集まる、年に一度の親睦行事。
この時期に集まって親睦を深めるという「大義名分」のもと、繰り広げられるのは、じい様ばあ様から子供たちまで入り乱れての、食べて、飲んで、梅雨のジメジメを吹き飛ばすどんちゃん騒ぎだ。
今年は我が家が当番。
朝から買い出し、会場設営、料理の仕込み……と周りは戦場のような忙しさ。
「私は、出来上がった頃に『帰省してきた長男の嫁』として、このまんま参加してくるわ!」
準備の嵐を華麗にかわし、一番いい席で一番冷えたビールを楽しむ。
それこそが、4人の小さな師匠と、一人の偉大な義母から学び取った、麻貴流の「心の余白」の作り方。
「さあ、飲んでくるわよ~!」
雨音をかき消すような師匠たちの叫び声。
6月の紫陽花に見守られながら、麻貴の「ゆるい」夏が、今ここから始まる。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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