笑顔を「探す」のをやめた日
1. 鏡の中の「仮面」
夕暮れ時のキッチン。
美咲は、フライパンの前で大きくため息をつきました。
「ママー!お腹すいたー!」
リビングからは、怪獣さながらの元気な叫び声。普段なら愛おしいその声も、今の美咲には、自分を急かすアラームのように聞こえてしまいます。
美咲は、ふと換気扇のフードに映る自分の顔を見ました。口角を上げようと意識するけれど、頬の筋肉が強張って、うまく笑えません。
「笑わなきゃ。お母さんが笑ってないと、あの子が不安になるから」
それは、美咲が幼い頃から自分に課してきた呪文でした。不機嫌そうな母親の顔色をうかがい、必死にひょうきんな真似をして笑わせていた、あの小さな自分。母親になった今も、彼女はその頃のまま、必死に「笑顔の合格点」を目指して走り続けていたのです。
2. 怪獣と、更年期の嵐
最近の美咲は、まるで自分の中に別の生き物が住んでいるようでした。
ホルモンバランスの乱れによる、言いようのないイライラと倦怠感。
「あ、また。私、今、最悪な顔してる」
子どもを叱り飛ばしたあと、自己嫌悪の波が襲います。
「笑顔を目指さないで」
ふと、以前目にした言葉が頭をよぎりましたが、今の美咲には、それがどういうことなのか分かりませんでした。
笑顔になれない自分は、母親失格なのではないか。そう思って、また無理に口角を上げる。その繰り返し。
3. 「今」を許すということ
ある日の夕飯。メニューは、美咲が一番苦手な「餃子」でした。
焦がしたり、皮が破れたり。いつも失敗しては「ごめんね、次はもっと上手く焼くから」と、誰に宛てたわけでもない言い訳をしながら、無理やり笑っていました。
でも、その日は違いました。
体が重くて、心もささくれ立っていて、もう「笑顔を作る」気力さえ残っていなかったのです。
「もういいや。今日は、笑えないままでいよう。私は今、怒ってるし、疲れてる。それを隠すのを、やめてみよう」
美咲は、自分に嘘をつくのをやめました。
上がったり下がったりする感情を、ただ「ああ、今は下がってるんだな」と受け止めることにしたのです。
4. 湧き出た、本当のこと
無心でフライパンを火にかけ、タイマーが鳴るのを待ちました。
パチパチという音。香ばしい匂い。
お皿を被せて、えい、とひっくり返す。
そこにあったのは、今までに見たこともないような、完璧なきつね色の焼き目でした。
「……あ」
その瞬間。
「笑顔になろう」なんて一ミリも考えていなかったのに。
美咲の頬が、ふにゃりと緩みました。
「見て!パパ、勇太! 今日、餃子がすっごく綺麗に焼けた!」
弾んだ声。それは、誰かのために作った笑顔ではなく、心の底からポコポコと湧き出た、本当の感情でした。
幼い頃、道端の花を見つけてケラケラ笑っていたあの頃と同じ。
笑顔は、どこかにあるゴールではなく、自分を許した瞬間に内側から溢れてくる、ただの結果だったのです。
物語のあとがき
美咲は気づきました。
お母さんが「笑顔でいること」よりも大切なのは、お母さんが「自分を愛し、満たされていること」。
怪獣と戦い、自分自身の体の変化と向き合う日々。
笑顔になれない日があっても、それでいい。
泣いたって、怒ったっていい。
だって、今日焼けた餃子の美しさに気づける、柔らかな心がちゃんとそこにあるのだから。
「笑顔は意識で出すものではなく、心が動いた時に自然と湧き出るもの。それまでは、ゆらゆら揺れる自分を、ただ抱きしめてあげればいい。」
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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