五月雨を待つホワイトアスパラ
空はどんよりと低く、雨の匂いが混じった風が吹いている。
本格的な梅雨が始まる直前の、あの独特な重苦しさ。彼女は、実家から戻ったばかりの自宅で、自分の心がその空模様とそっくりなことに気づいていた。
実家では、かつて「縁を切る」とまで言い合った母と、二十年前には想像もできなかったような穏やかな時間を過ごした。母と並んで歩き、たわいもないおしゃべりをして眠る。それは、強張った心がほんの少しだけ湿り気を帯びて、柔らかくなったような時間だった。
けれど、自宅のドアを開ければ、そこには「日常」という名の乾燥した荒野が広がっている。
会話のない夫、思春期の鋭い沈黙を守る長男、そして一匹の犬。
彼女は知らず知らずのうちに、またカチリと音を立てて、心の鎧のビスを締め直していた。
「いいよ、寝てもいい。食べていい。遅れてきてもいいんだよ」
お茶会で聞いた、麻貴さんたちの魔法のような言葉が耳の奥でリフレインする。
その場所では、みんなが雨に濡れるのを恐れない花のように、自由に呼吸をしていた。
彼女は泣きそうになった。けれど、長年鍛え上げた「真面目」という筋肉が、涙がこぼれるのを力ずくで止めてしまった。
(まだ、脱げない。私はまだ、こんなに醜くて、ずるい感情を持っているから)
パラダイスバードの講座に通う人への、猛烈な羨ましさと嫉妬。
「お金があっていいな」「許されていいな」というドロリとした本音。
そんな自分を「だめなんだ」と責める声が、降り出しそうな雨雲のように胸に溜まっていく。
今日から長男がオープンキャンパスで家を空け、夫と二人きりの2泊3日が始まる。
想像するだけで息苦しくなり、安定剤のシートに手が伸びる。
夫に「講座に行きたい」と言えば、「病院の治療はどうなるんだ」と正論のナイフで切りつけられるのが怖い。
けれど、彼女の心には、麻貴さんが植えてくれた一粒の種が芽吹き始めていた。
「目の前の問題は、すべてダミーなんだよ」
夫への怒りも、息子の態度も、実は本質ではない。
そのずっと奥底、何層もの硬い土の下に埋まっているのは、真っ白で、触れたら折れてしまいそうな「ホワイトアスパラのような心」。
その柔らかな心は、土の中でずっと叫んでいた。
「寂しいよ」
「助けて」
「私をもっと見て」
彼女は、窓の外を眺める。
降りそうで降らないこの空のように、自分もまた、感情を外に出せずにパンパンに膨らんでいる。
「~しなければならない」と自分を縛り付けてきたのは、夫でも息子でもなく、自分自身だった。
この週末、彼女は「何もしない」という決断をした。
無理に夫と対峙して白黒つけるのではなく、まずは自分のために、ゆっくりと息を吸う。
麻貴さんが言っていた「疲れるよ」という言葉を、お守りのように握りしめて。
泣くのを堪えてしまうのは、ただの古い癖。
鎧が脱げないのも、今はまだ、自分を守るために必要だから。
そんな自分に、彼女は心の中で小さく声をかけた。
「いいんだよ、それで。ずるくても、怖くても、いいんだよ」
五月雨(さみだれ)が土を潤し、ホワイトアスパラのような柔らかな心が、無理なく地上へと顔を出すその日まで。
彼女は、自分を許すという、世界で一番優しい雨を自分に降らせ始めたばかりだ。
一般社団法人パラダイス・バードのカウンセラー紹介
TEAMS PARABA | paradisebird
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