『非常食より、サバ缶パーティ! 〜パズルで紡ぐ「心の備蓄」物語〜』
雨の日の公民館は、いつも「おじいちゃんの家の押入れ」みたいな匂いがする。湿った傘のナイロン地が擦れ合う匂いと、何十年もワックスを塗り重ねられて、少し酸っぱくなった床の匂い。
第三会議室のパイプ椅子に座りながら、私は心の中で「帰りたい……」と100回目の溜め息をついていた。
部屋の正面には、スーツをビシッと着こなした小奇麗なおじさん——防災協議会の役員である佐々木さんが立っている。手に持っているのは、辞書みたいにぶ厚いファイルだ。
「えー、本日の議題は、今年度の『自治体主導型・広域避難マニュアルの標準化』についてです。昨年度の評価データをもとに、PDCAサイクルを厳格に回してまいります。まずは目標数値の設定、次に標準行動マニュアルの周知徹底、そして年二回の訓練実施と、その後の行動評価シートの回収……」
佐々木さんの声は、まるで機械の読み上げ音声みたいに滑らかだった。
でも、机を囲んでいるご近所さんたちの顔を見てほしい。全員、目が死んでいる。
「あー、はいはい。今年もそれね」という顔で、首だけをロボットのように縦に振っている。
佐々木さんの言っていることは、たしかに「正論」なのだと思う。 人間をみんな「同じサイズ・同じ性格のロボット」だと仮定して、全員が完璧にマニュアル通りに動けば、たしかに一番効率がいい。
学校のテストみたいに「正解の行動」を決めておいて、みんなでそれを目指して訓練する。
だけど、私にはどうしても引っかかることがあった。
私は意を決して、恐る恐る手を挙げた。
「あの……すみません。ちょっと聞いてもいいですか?」
佐々木さんがめがねの奥の目を丸くした。「どうぞ。どの部分に質問でしょうか?」
「今のご説明、すごくちゃんとしてるのは分かるんです。でも……もし本当にものすごい大地震が起きて、街全体が停電して、スマホも使えなくなったら……私、この分厚いマニュアルのことなんて1文字も思い出せないと思うんです」
部屋の中が、シーンと静まり返った。
「私、マニュアルを覚えることより、もし真っ暗闇になったときに、隣にいる人と『怖いね』って言い合える関係があるかどうかのほうが、ずっと大事な気がして……」
佐々木さんは少し困ったように眉をひそめた。
「ですから、そうならないために日頃からマニュアルを暗記するまで訓練するのです。決められた通りに動くことが、一番安全なんですよ」
「でも!」と、私は思わず声を張ってしまった。「暗闇の中で本当に欲しいのって『マニュアルの知識』じゃなくて、隣の人の『大丈夫?』っていう声じゃないですか? 避難所に行けたとしても、誰一人知ってる人がいなくて、自分がただの『避難者番号42番』になっちゃうのが、私はいちばん怖いんです」
そのとき、会議室の端っこでパイプ椅子をギコギコ鳴らしていた大学生のケンタくんが、突然「あ、それめっちゃ分かります」と声を上げた。
「僕も『防災訓練です! 評価します!』とか言われると、なんか学校の補習受けてるみたいで胃が痛くなるんすよね。そうじゃなくてさ、もっと『楽しそうだから行く』じゃダメなんすか?」
佐々木さんが眉をひそめる。「楽しむ? ケンタくん、防災は命に関わる真剣な場だよ」
「いや、不真面目って意味じゃなくて!」ケンタくんは身乗り出した。「例えばなんですけど、来週の土曜日、みんなで家にある非常食の缶詰を持ち寄って『どれが一番うまいか決定戦』やりません? サバ缶とか焼き鳥缶とか食い比べして『これうめぇ!』『これイマイチ!』とか言い合うだけ。で、『次はカセットコンロ持ってきて温めてみる?』みたいにノリで決める。それなら僕、友達大勢連れて来ますよ?」
「それ!!」私は膝を打った。「『完璧な計画を立てて、反省会をして自分を責める』んじゃなくて、『面白そうだからやってみて、うまくいかなかったら次に楽しくなる方法を考える』! その方が、絶対に人も集まるし、自然とご近所の顔も覚えられるよ!」
佐々木さんはポカンとして口を開けていた。
ケンタくんと私が言っていること。それは、ちょっと難しい言葉で言うと「AAR」と呼ばれる動き方だ。
これまでのやり方は「PDCA」だった。ガチガチに計画(P)を立てて、実行(D)し、出来ていないところをチェック(C)して、反省(A)する。でもこれだと、真面目な人ほど疲れてしまうし、計画と違う「想定外のトラブル」が起きたときにパニックになる。
でも、私たちが言っているのは違う。
A(Anticipation:ワクワクする予期):「缶詰パーティ楽しそう!」
A(Action:とりあえず行動):集まって食べてみる!
R(Reflection:軽〜く振り返り):「温かいのが食べたいね」→「じゃあ次はコンロ持ってこよう!(次の予期へ)」
この「ノリとワクワクのループ」で動くこと。深刻に反省するんじゃなくて、楽しさに巻き込まれながら試行錯誤を繰り返すこと。これこそが、計画通りにいかない非常時にいちばん役に立つ「柔軟さ」になるのだ。
「……しかしねぇ」
これまで黙っていた自治会長の田山さん(80歳)が、腕組みをしながら不むすっとした声を出した。
「そんなお遊びみたいな集まりで、本当に助け合えるのか? 人間なんてみんな、考えていることも好きなものもバラバラだろうが」
「田山さん、バラバラだから良いんですよ!」
私は身を乗り出した。
「これまでの防災って、みんなを『同じ形をした真四角のブロック』にしようとしてたんです。でも、人間って本当は『ジグソーパズルのピース』みたいに凸凹じゃないですか」
「ジグソーパズル……?」
「そうです! 力仕事が得意な人もいれば、赤ちゃんをあやすのが上手な人もいる。料理が得意な人もいれば、ただお喋りで場を明るくするのが得意な人もいる。
全員が『完璧な優等生』になる必要なんてないんです。自分の『足りないへこみ』に、誰かの『得意なでっぱり』がカチッとはまる。逆に、自分の出っ張りが、誰かの凹みを助ける。
普段からみんなで集まってガタゴト関係を組み替えていると、『あ、このパズル、ここで繋がるじゃん!』って瞬間が生まれるんです。自分が思いもよらなかった得意技が、誰かとの関わりの中で引き出される。それってすごく面白くないですか?」
会議室に、小さな笑い声が漏れた。
そう、人間は「標準形のロボット」じゃない。 バラバラな凸凹を持った人間同士が、出会って、関わって、化学反応を起こして変化し続ける。
「心の備蓄って、たぶんこういうことなんです」と、私は言った。
「倉庫に非常食や毛布を買い込むことだけが『備蓄』じゃないんです。日頃の関わりの中で、『あいつはノリが良い』『あの人は料理がうまい』『あの人はちょっと頑固だけど根は優しい』って知り合っておくこと。
目に見えない『心と心のつながり』を地域の中にたくさん蓄えておくこと。この『心の備蓄』があれば、どんな想定外のパニックが起きたって、私たちはその場で新しいパズルを組み直して生き残っていけるんです」
静まり返った会議室で、佐々木さんは自分の手元にある分厚いファイルを見つめていた。
彼は、分厚いマニュアルという「型」にみんなを押し込めることで、自分自身が安心しようとしていたのかもしれない。でも、本当に強い地域とは、固いマニュアルを持っている地域ではなく、しなやかに姿を変えられる「柔らかい関係」を持っている地域なのだ。
佐々木さんは静かにメガネを外すと、目頭を指で押さえた。そして、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「……降参です。私の負けですね」
「えっ!?」
「私の作ったマニュアルは、一度シュレッダーにかけましょう。いや、バーベキューの着火剤にでも使ってください」
会議室に、ドッと大きな爆笑が起きた。
「来週の土曜日の缶詰パーティ、私も参加させてください」と、佐々木さんは嬉しそうに言った。「ちなみに私の家には、10年前に買った期限切れ寸前の高級缶詰があります。それをどう美味しく食べるか……試行錯誤(AAR)させてください」
「よっしゃー! 佐々木さんノリ最高!」ケンタくんがハイタッチを求めて飛び上がった。
窓の外では、まだジメジメとした雨が降り続いていた。 けれど、会議室の中はまるで初夏の風が吹き抜けたみたいに、温かくて、軽やかで、何かが新しく動き出す予感に満ちあふれていた。
完璧な計画なんていらない。 凸凹な私たちが寄り添い合い、ワクワクしながら関わり続けること。 その終わりのない「心の代謝」こそが、どんなピンチも笑い飛ばせる、いちばん強くて楽しい武器になるのだから。
完璧な優等生を目指すのではなく、お互いの凸凹(個性)がすっと噛み合う「関係性のパズル」から、非常時にも支え合える『心の備蓄』が始まります。
まずは、あなた自身のこころの仕組みを紐解く第一歩として、セルフ発見と対話のツール「私の取扱説明書(トリセツ)」を体験してみませんか?
👇 あなただけの「トリセツ」で、自分を知る旅をはじめよう
https://www.paradise-bird.com/torisetu/
#パラバ
#カウンセリング
#メンタリング
#心のスタイリング
#メンタルヘルスサポート
#自己成長
#小園麻貴
#田中恭子
#大島由貴奈
#猿渡雅子
#パラダイスバード
#パラバヘルプ
#パラバファミリー
#メンタルヘルス
#人間力
#コミュニティ
#心の備蓄
#環境心理
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!