初めての韓国旅行で「本当に必要だった韓国語」を振り返ったら、言語教育の話になった。
はじめに
初めての韓国旅行に向けて、いくつかの韓国語を覚えていった。
旅行前は、できれば文章で話したいと思っていた。ところが、実際にソウルの街に立ってみると、口から出てきたのは、もっと短い言葉だった。
「こんにちは」
「二人です」
「注文します」
「お会計お願いします」
その場に必要な一言を出して、相手の反応を見て、次へ進む。今回の旅で言った言葉、聞こえた音、読んだ文字を別々に並べず、「手がかりをつかむ → 返す → 動く」という場面の流れに沿って振り返ってみる。

■めちゃくちゃ長い目次を張っておきます。
旅行前に、実際に準備したこと
今回の旅行では、いきなり会話文を暗記するのではなく、まずハングルを少し読めるようにし、旅行中に使えそうな短い表現を覚えた。
ハングルをある程度読めるようにしておく
案内板、駅名、店名、メニューを少しでも読めると、聞き取れないときにも手がかりが増える。次のような教材や練習を使った。
〇東京外国語大学の韓国語モジュール
〇新装版ネイティブっぽい韓国語の発音
〇Duolingoで、ハングルと音の対応を結びつけるマッピング練習
〇各種動画
使えそうな表現を勉強しておく
旅行中に使う場面を想像しながら、次の動画で使えそうな表現を拾った。語気や指導方針がきつめだけど、それを理解できるならちょうどよいと思った。
これだけ覚えても2泊3日韓国旅行行けます!とりあえず覚えるべき韓国語の単語30【韓国語講座#54】
【永久保存版】2泊3日の韓国旅行で必須の韓国語!日本人だけ使わない不思議な単語
【初心者必見】10分勉強すれば韓国旅行でネイティブのように話せる方法|韓国語講座#8
到着した夜、まずは「二人です」
仁川空港に着いた。入国審査、荷物の受け取り、地下鉄への移動。案内板のハングルを目で追いながら、空港鉄道と乗り換えを経て、ソウル市内のホテルへ向かう。
ホテルに荷物を置くと、休む間もなく明洞へ出た。明洞芸術劇場の外観を見て、夜の通りを歩き、最初の夕食はタッカンマリ。

店の入口で、まず覚えてきたあいさつを出す。
안녕하세요(アンニョンハセヨ:こんにちは)

店に入ったときのあいさつとして、店員さんに 안녕하세요(こんにちは)と声をかけた。一方、旅行中に会計などの用件を伝えるときは、저기요(すみません)と呼びかけた。こちらは、店員さんの注意を引いて用件を始めるために使った。
몇 분이세요?(ミョッ プニセヨ?:何名様ですか?)

耳には「よっぽにせよ」のように聞こえた。それでも、店の入口で店員さんに尋ねられたので、人数のことだと分かった。こちらは短く返す。
두 명이에요(トゥ ミョンイエヨ:2人です)

予約はしていなかったので、混んでいたら、「예약 안 했는데요. 자리 있을까요?(イェヤク アン ヘンヌンデヨ、チャリ イッスルカヨ?:予約していないのですが、席はありますか?)」という準備をしていた。でも店内には空いている席があり、長い説明は必要なかった。두 명이에요。それだけで、二人で来たことは伝わった。
두 분이에요/두 분이요(トゥ ブニエヨ/トゥ ブニヨ:2名です)
別のお客さんが人数を答えるとき、두 분이에요 と言っていた。そういえばこの表現もあったな、と思ったと同時に、このぐらいは聞き取れるな、と思えた。
旅行後に調べると、명 は人を数える一般的な言い方で、분 は敬意を込めた言い方だった。別の店員さんの 몇 분이세요?(何名様ですか?)に入っていた 분 に合わせて答えてたのかもしれない。

食事が終わる。店を出るときは、覚えてきたあいさつを使う。
감사합니다(カmサハmニダ:ありがとうございます)

会計を終えたら、まず 감사합니다。誰でも知っている韓国語。ただ、韓国語で店を出る。そのような日常の、非日常体験の積み重ねが旅をわくわくさせてくれた。
景福宮から北村へ、ポッサム屋さんで
朝、ホテルを出てキンパを買い、景福宮へ向かう。光化門の前には朝の空気が残っていて、交代式を見たあと、北村まで歩く。
昼はポッサム。席についてしばらくすると、トイレの場所を聞きたくなった。

화장실 어디예요?(ファジャンシル オディエヨ?:トイレはどこですか?)

「トイレはどこですか」という文を知っていることと、実際に声に出せることは別だった。店員さんの様子を見て、この人になら、聞き返されても慌てずに話せそうだと思った。そこでようやく、覚えてきた言葉が口から出た。
食事を終え、店員さんを呼ぶ。
저기요, 저희 계산이요.(チョギヨ、チョイ ケサニヨ:すみません、お会計お願いします)

韓国に留学していた先輩に聞いたり、ネットで調べたりして、旅行前に準備していた表現。店員さんがバタバタしていて、呼び止めないと会計してくれなさそうだったので安心して使えた表現。
北村から安国へ移動し、カフェやお茶屋で何度かひと休みした。そのうちの一軒でメニューを見ていると、店員さんから温度のことを聞かれたようだった。

시원한 걸로요?(シウォナン ゴルロヨ?:冷たいもので?)
耳に残ったのは「シウォナン」の部分までで、店員さんが実際にこの文章を言ったかどうかは分からない。ただ、温かいものか冷たいものかを確認された場面だったので、おそらく 시원한 걸로요?(冷たいもので?)という意味の問いかけだったのだと思う。
따뜻한 거 있어요?(タットゥタン ゴ イッソヨ?:温かいものはありますか?)

「シウォナン」と聞こえたとき、温かいものか冷たいものかを聞かれているのだと思い、こちらは 따뜻한 거 있어요? と返した。全部を聞き取れなくても、場面と選択肢が分かれば返事はできた。「~ 거 있어요?」という表現は、Jinさんの動画で学んだものだった。覚えていた表現を使って、その場で文を組み立てることができた。

店を出るときには、今度は店員さんから声がかかる。
안녕히 가세요(アンニョンイ カセヨ:お気をつけてお帰りください)
それに対して、こう答える。
감사합니다, 안녕히 계세요(カmサハmニダ アンニョンイ ケセヨ:ありがとうございます、さようなら(その場に残る人へ))

店員さんから聞く 안녕히 가세요、自分が言う 안녕히 계세요 。自分が帰る側か、相手が帰る側かで表現が変わるという……。ふむ。
`가세요` と `계세요` がつながった
안녕히 가세요 を覚えたとき、最後の 세요 がなんとなく敬語らしく見えた。そして 가세요 の 가 は、もしかすると 가다(行く)なのではないかと思った。
逆に、계세요 の 계 は「その場に残る側」の言葉に見える。旅行後に調べると、가세요 は 가다(行く)からできた形で、계세요 は 있다(いる・ある)の尊敬語 계시다 からできていた。だから、안녕히 계세요 は、自分が去り、相手がその場に残るときのあいさつになる。
가세요 は行く側、계세요 は残る側。似た表現を丸ごと別々に覚えるのではなく、動詞の意味から考えられるようになった。これで、次に似た表現に出会ったときの言い間違いも減りそうだと思った。


東大門、広蔵市場、そして屋台

この日は東大門から始まる。粥を食べ、総合市場を歩き、DDPを見て、広蔵市場へ向かう。市場は、人の声と料理の匂いと看板の文字でいっぱいだった。
東大門市場で買い物をしているとき、商品を手にして、言おうとした言葉がある。
要らなかった表現|이거 얼마예요?(イゴ オルマエヨ?:これはいくらですか?)
表現は準備していた。でも、質問したあとに返ってくる金額を聞き取れる気がしなかった。이거 얼마예요? と聞いても、その先で止まってしまうと思い、結局言うのをやめた。
商品そのものに値段が書かれていることも多かったので、買い物で大きく困ることはなかった。
■めっちゃ思ったこと
個数なら、한 개(ハン ゲ:1個)、두 개(トゥ ゲ:2個)、세 개(セ ゲ:3個)はよく使いそうだ。一方で、4個、5個……11個までを順番に全部暗記する優先度は、自分の旅では低かった。必要になったときに、その場で調べればいい。
それより先に知っておきたかったのは、実際の支払いで出てくる金額の組み立て方だった。만 は1万、천 は1000なので、2万5000ウォンは 이만 오천 원(イマン オチョン ウォン)。数字を最初から順に覚えるより、万と千をどう組み合わせるかを知っておくほうが、買い物には役立ちそうだと思った。
ここで、時間だけ到着初日の夜に戻る。到着した日の明洞夜市のこと。夜の屋台で、目の前にケランパンがあった。

계란빵 하나 주세요(ケランパン ハナ ジュセヨ:ケランパンを1つください)

商品名、個数、주세요(ください)。それだけで注文の形になる。旅行前に覚えた長い文章ではなく、目の前の商品を見て、その場で組み立てた一言だった。하나(ハナ)が使えた経験。
そして、時間は再びこの日の広蔵市場へ戻る。

屋台の席に近づくと、おばちゃんが奥のほうを指しながら何か言った。
시원한…/앉으?…(シウォナン……/アンジュ?……:涼しい……/座る……)
聞こえたのは、시원한(涼しい)に似た音と、앉다(座る)の活用形らしい音だけ。文章全体は分からなかった。それでも、奥を指すジェスチャーと合わせて、「奥のほうが涼しいから、奥に座りな」という意味だと受け取った。
言われたとおり奥に座ると、扇風機の風がたくさん当たった。聞こえた文章を再現することはできない。でも、行動に必要な意味は取れていたらしい。扇風機の風が、答え合わせになった。
市場では、店主さんに声をかけて注文する。
사장님, 주문할게요(サジャンニム、チュムナルケヨ:店主さん、注文します)

相手を呼んで、注文を始める。韓国語の文章を完成させるというより、場面のスイッチを入れる感じだった。
メニューを見ながら、食べたいものを一つずつ頼んだ。
떡볶이 하나 주세요/어묵 하나 주세요(トッポッキ ハナ ジュセヨ/オムク ハナ ジュセヨ:トッポッキを1つください/韓国おでんを1つください)

旅前に見ていたJINさんの動画では、複数の品を指しながら 이거 주시고요, 이거 주시고요, 이거 주세요(これをいただいて、これもいただいて、これをください)のようにつなげると、ネイティブらしい注文になると紹介されていた。
でも、そこで流暢に話して、韓国語が得意だと思われるのは困る。そのあと速い韓国語で返されたら、たぶん追いつけない。だから今回は、떡볶이 하나 주세요、어묵 하나 주세요 と、あえて簡単な文を一つずつ言った。話し始めだけをネイティブらしくするより、「私はこのくらい話せます」と相手に伝わる文の長さを選んだ。

注文が終わったことを伝えるときには、次の短い表現を使った。
이상이에요/이상입니다(イサンイエヨ/イサンイムニダ:以上です)
「これで終わりです」と伝えるための表現。이상이에요 と 이상입니다 の両方を準備していて、実際の場面では、そのとき口から出たほうを使った。
食べ終わると、今度は言葉が出なかった。使った食器を席に残してよいのか、どこかへ返すのかが分からない。
이거 그냥 두면 돼요?(イゴ クニャン トゥミョン トェヨ?:これはこのまま置いておけばいいですか?)
これは実際には言わなかった。あとから考えると、食器を指しながら、こう聞けたかもしれない。
旅行前、JINさんの動画で 물 저거 마시면 돼요?(水は、あそこにあるものを飲めばいいですか?)という文を通して、-면 돼요?(〜すればいいですか?)を学んでいた。飲むものを尋ねる形を、食器をそのままにしてよいかの確認にも使えたはずだ。旅行会話で本当に知りたくなったのは、注文の仕方だけでなく、食べ終わったあとにどう動けばよいかだった。
夜のemartで、大きな袋が必要になった
聖水を歩き、薬局や塩パンの店を見て、往十里のemartへ向かう。
人の間を通るとき、何度も使った言葉がある。
잠시만요(チャムシマンニョ:ちょっとすみません/少々お待ちください)

「すみません、通してください」と長く発音することもなく、잠시만요 で済むのが素晴らしい。ddpのお店でちょっと奥のものをとらせてもらいたいとき、ソンスからの帰りに退勤ラッシュにもまれて満員電車のなか道を開けてほしいときに使った。
ちなみにこの「チヤムシマンニョ」というのは、店員さんがこちらに「ちょっと待ってね」という時にも使うらしい。考えると「チャムシ」が漢字語であり、「暫時」であるわけで、それがわかると「なるほどな」と思える。「ちょっとすんませんね」という感じで。やはり、漢字が分かる日本人は漢字も意識しながらの韓国語学習が良いと思う。
emartに着いて、お土産を選んでいる途中、商品を見ながら歩いていて、店員さんとぶつかりそうになった。
죄송합니다(チェソンハムニダ:申し訳ありません/すみません)

その瞬間、店員さんから 죄송합니다 と言われた。自分から言うために覚えた言葉が、相手の口から聞こえ、目の前の出来事と結びついた。
買い物を終えてレジへ向かう。買ったものをまとめるには、大きな袋が必要だった。
큰 봉투 주세요. 필요해요.(クン ポントゥ ジュセヨ。ピリョヘヨ:大きい袋をください。必要です)

大きい袋がほしくて、큰 봉투 주세요 に続けて 필요해요 と言った。旅行前に用意した一文ではなく、袋を目の前にして、その場で出てきた二つの言葉だった。
カードを見せて、支払いの確認もした。
이 카드 돼요?(イ カドゥ トェヨ?:このカード使えますか?)

旅行前に準備していたのは 카드 돼요?。実際には、目の前のカードを指す 이(この)を添えて言った。言葉だけで頑張るのではなく、カードを見せながら言う。物が一緒に話してくれる。
영수증 좀 주실래요?(ヨンスジュン チョム ジュシレヨ?:レシートをいただけますか?)

韓国に留学していた先輩から、「領収書は言わないとくれないよ!」と聞いていた。そこで、旅行前からレシートを頼む言葉を準備していた。
JINさんの動画では、영수증 좀 주세요(レシートをください)でも丁寧だが、좀 주실래요?(ちょっと、いただけますか?)はさらに丁寧に頼む形として紹介されていた。そこで今回は、動画で覚えた 영수증 좀 주실래요? を使ってみた。
韓牛の夜、長い感想は言わなかった
旅の最後の夜は、韓牛を食べに行った。

韓牛は初めて。おいしかった。その感想を韓国語で伝えたいと思って、長い文章も準備していた。
한우는 처음 먹어 봤는데, 정말 맛있었어요(ハヌヌン チョウム モゴ バンヌンデ、チョンマル マシッソッソヨ:韓牛は初めて食べたんですが、本当においしかったです)
でも、長い。実際には、この文章は言わなかった。
代わりに、食後の短い一言を使った。
잘 먹었습니다(チャル モゴッスムニダ:ごちそうさまでした/おいしくいただきました)

長い感想の代わりに、잘 먹었습니다. 감사합니다. と言って店を出た。準備していた長文よりも、そのときの自分には、この二つのほうが言いやすかった。
ここからは時間を少し広げて、旅のあいだ何度も通った地下鉄の話に移る。
地下鉄で、人を案内しながら読む
今回の地下鉄移動では、自分が目的地に着くだけでなく、現場で人を案内していた。乗り換えはどちらか、出口は何番か。立ち止まって一文字ずつ確かめる余裕はなく、標識のハングルを急いで読んで、その場で動く必要があった。
それを何度も繰り返すうちに、短い旅行だったのに、自分でも分かるくらいハングルを読む速度がめっちゃ上がった。次に進む方向を決めなければならない地下鉄の構内が、結果的に実地の読み取り練習の場になった。
나가는 곳(ナガヌン ゴッ:外へ出る場所/出口)と 출구(チュルグ:出口)

写真では、同じ「出口」を案内するために、나가는 곳 と 출구 という二つの書き方が並んでいる。
나가는 곳 は、나가다(外へ出る)+-는+곳(場所)で、文字どおり「外へ出る場所」。一方の 출구 は、漢字で書けば「出口」になる短い漢字語だ。同じ方向を示しているのに、一方は動作を説明する言い方で、もう一方は二音節の名詞。その違いが面白かった。
동대문역사문화공원(トンデムンヨクサムンファゴンウォン:東大門歴史文化公園)
Twitterでたびたび見かけていた、あの長い駅名の標識にも、ついに出会えた。

一続きに見ると圧倒されるが、동대문(東大門)+역사(歴史)+문화(文化)+공원(公園)と切れば、知っている漢字語が並んでいる。長い名前を実際の標識で読み切れたことも、この旅でハングルを読む速度が上がったと感じた瞬間の一つだった。
地下鉄で、聞いて考える
출입문 닫습니다(チュリmムン タッスムニダ:出入口のドアを閉めます/閉まります)

この言葉は、聞いてすぐ役に立ったというより、「何を言っているんだろう」と気になって残った。特に 문 が聞こえたので、「門」のことだろうと思った。출입 が分からず調べてみると、漢字語の「出入」だった。
ここでつながったのは、台湾語の音だった。台湾語で「出入」は tshut-ji̍p となる。台湾語には古い時代の漢字音につながる読みがあり、この音と韓国語の 출입 を重ねると、출입(出入)+문(門/ドア)=「出入り口のドア」が一気につながった。
大好きなCHAGEEで、700番を聞く
CHAGEEは、中国・雲南で始まったティードリンク店で、私が大好きな店の一つだ。甘さやミルクだけでなく、お茶そのものの香りがしっかり出ていておいしい。

中国まで一緒に行くのは難しい人にも、ソウルなら「これが私の好きなCHAGEE」と紹介できる。中国で好きになった店を韓国で案内できることも、今回行ってみたかった理由の一つだった。
訪れたのはソウルのフラッグシップ店。外観も受付もきらびやかで、いつものドリンクスタンドに入るというより、ブランドの世界に入り込むような華やかさがあった。

頼んだのは 伯牙绝弦/BO·YA Jasmine Green Milk Tea。ジャスミン茶の香りがしっかり立つミルクティーだ。注文を終えると、番号を呼ばれるまで店内で待つことになった。
칠백 번(チルベク ポン:700番)
旅行前に、칠 が7、백 が100、번 が番号だと分かっていた。だから 칠백 번 は700番。この対応を頭に入れていたので、自分の番号を聞き取る準備はできていた。
きらびやかな店内で待っていると、確かに 칠백 번 が聞こえた。ただ、番号の前後にも何か言っていたようで、そこは聞き取れなかった。「700番のお客様、注文の品ができました」といった内容だったのだろうか。実際に何と言っていたのかは、今も分からない。
それでも困らなかった。出来上がった注文番号はモニターにも表示されるので、呼びかけの全文が分からなくても、自分の番号が出たら受け取りに行ける。初めての韓国で、韓国語がほとんど分からなくても注文しやすい仕組みだった。また、CHAGEEのアプリを入れておけば、注文から受け取りまでアプリ上で完結できるのかもしれない。
旅を終えて
旅行前には、もっと長い文章を言えるようになりたいと思っていた。
でも、実際に役に立ったのは、短い表現だった。
저기요, 저희 계산이요. と言えば、お会計をお願いできた。
계란빵 하나 주세요. と言えば、屋台で食べたいものを買えた。
큰 봉투 주세요. と言って、emartで大きい袋を頼んだ。
言葉が足りないときは、カードを見せた。商品を指さした。ジェスチャーを使った。全部聞き取れないときは、場面から推測して返した。
少なくとも今回の自分を助けたのは、流暢な会話ではなかった。몇 분이세요? と聞かれたら 두 명이에요 と返す。温度を尋ねられ、「シウォナン」だけ聞こえたら、따뜻한 걸로요 と返す。칠백 번 と呼ばれたら、モニターも確かめて受け取りに行く。聞き取れないときは、文字や場面を手がかりにする。
そして地下鉄では、同行者を案内するために標識を急いで読み続けた。話す言葉だけでなく、目に入るハングルも、旅を進めるための道具になった。
目の前の場面を少しだけ前に進める一言。その一言は、聞くことと話すことの間にあった。とっっても楽しい韓国旅行だった。
ここからは、言語学習と第二言語教育の話(言語講師向けゾーン)
旅行記としての話は、いったんここまで。
ここからは少し視点を引いて、今回の旅でGPTをどう使ったのか、この記録の作り方が言語学習や第二言語教育にどうつながりうるのかを考えてみたい。
研究として設計した記録ではないが、質的研究でいうオートエスノグラフィーや内省的ダイアリー研究に近い面がある。自分の経験を単なる思い出としてではなく、言語学習について考えるための資料として扱ったわけですな。
感想戦スタート。
GPTは、場面から表現を考える相手になった
今回の旅では、旅行前、旅行中、旅行後のすべてでGPTをかなり使った。
普通に検索すると、「レストランで使う韓国語」「買い物で使う韓国語」のような表現集はたくさん見つかる。ただ、自分が知りたいのは、もう少し細かいことだった。
予約していない店に入って、「予約していないんですけど、席はありますか」と言いたい。屋台で食べ終わったあと、食器をそのまま置いてよいか聞きたい。韓国語が得意だと思われて速く返されると困るので、初級者らしい短い言い方にしたい。
こうした条件を一つずつ伝えると、GPTは場面に合わせて表現の候補を出し、丁寧さや言い方の違いも説明してくれた。今回、実際に使った範囲では、大きく場違いな表現はほとんどなかったと感じている。検索結果の中から一文を拾うよりも、「誰に、どこで、何のために言うのか」まで含めて相談できたことが大きかった。
旅行中にも役に立った。景福宮など、ガイドを付けずに見て回った場所では、目の前の建物や気になったことを日本語でGPTに尋ね、簡単な解説を得た。専門家によるガイドの代わりではない。それでも、何も分からず通り過ぎそうな場所で、「これは何を見る場所なのか」を知る入口にはなった。(その土地や文化を知るための利用。)
そして旅行後は、GPTに何度も質問されながら記憶をたどった。「それは実際に言ったのか、準備しただけか」「相手から聞いたのか、自分が話したのか」「そのとき何が見えていたか」。対話を重ねるうちに、ばらばらだった場面が少しずつ戻ってきた。この記事も、その対話履歴をもとに作っている。
ただし、GPTが出す「自然そうな表現」は、自然さが証明された表現ではない。大規模言語モデルは、もっともらしい誤りを返すことがある。教育用の例文や、言語そのものについて断定する箇所は、辞書、実例コーパス、母語話者、教師などによる確認を組み合わせたほうがよい。GPTは、答えを保証する権威というより、状況を細かくし、候補を素早く出し、検討を続けるための対話相手として使うのがよいと思う。
記事を書く前に、いったんDBを作った
今回、最初から旅行記を書いたわけではない。先に、旅行中の韓国語をデータベースへ仮登録した。
記憶の中では、「覚えていった表現」「実際に言った表現」「相手から聞いた表現」「標識で読んだ表現」が簡単に混ざる。そのまま文章にすると、準備しただけの一文が、実際に使えた一文へ変わってしまうかもしれない。そこで、韓国語、カタカナでの聞こえ方、意味、場面、メモ、確からしさなどを残し、まず事実関係を分けることにした。
流れは、次のようなものだった。
GPTで旅程を立てる
↓
旅行中・旅行後のメモとGPTとの対話
↓ 表現を仮登録
HTMLのカード画面で
「実際に言った/準備した/聞いた/見た・読んだ/保留」に振り分ける
↓ 回答をJSONで保存
SQLiteのDBへ反映する
↓ 場面の順に並べ直す
読める記事にする特に便利だったのが、ブラウザに一枚ずつカードを出し、ボタンを押して振り分けるHTMLの画面だった。表計算の行を編集するよりも、「これは本当に言ったか」と一件ずつ判断しやすい。判断に迷えば保留にし、状況や実際の聞こえ方をメモできる。回答はJSONで出力し、まとめてDBへ戻した。

これは、AIに記憶の判定まで任せる仕組みではない。GPTが候補を整理し、最後に本人が画面を見て採否を決める。AIと人間の役割を分けるための、いわゆる小さな human-in-the-loop の仕組みでもあった。
記事とDBは、同じ記録の別の姿になった。記事は、初めて読む人にも場面が見えるように並べ直したもの。DBは、実際に言ったのか、聞いたのか、まだ確信がないのかという出所を残すものだ。読み物として残すことと、あとから調べ直せるデータとして残すことを両立できた。(これもいいよね)
第二言語習得論から見ると、何が起きていたのか
1.「分からなかった」を残すと、「気づき」の記録になる
Richard Schmidtは、第二言語のインプットが学習に取り込まれる過程で、学習者が言語形式に意識を向けて「気づく」ことの重要性を論じた。
今回でいえば、地下鉄で 문 だけが耳に残り、あとから 출입문 を調べたこと。안녕히 가세요 と 안녕히 계세요 の違いから、가다 と 계시다 へ意識が向いたこと。屋台で聞こえた 시원한 らしき音を、ジェスチャーや扇風機の風と結びつけたことが、それに近い。
もちろん、「気づいた」だけで、その表現を習得したことにはならない。ただ、気づいた瞬間をDBに残しておけば、次に同じ形を見聞きしたときに比較できる。旅行中の一回限りの違和感を、あとから再検討できる学習対象へ変えられる。
2.言おうとして言えなかった場面は、失敗ではなく課題になる
Merrill Swainらのアウトプット研究では、第二言語を実際に産出しようとすると、「言いたいこと」と「今の自分が言えること」の隔たりに気づき、言語形式を考え直す契機になりうるとされる。
東大門市場では、이거 얼마예요? と聞く表現は知っていたのに、返ってくる値段を聞き取れないと思って、質問そのものをやめた。広蔵市場では、食べ終わった食器をどうすればよいか聞けなかった。こうした場面は、単語帳なら空欄のまま消える。しかし状況ごと残せば、「価格を尋ねる文」だけでなく、「その答えを聞き取るための数の体系」が必要だったことや、-면 돼요? を別の場面へ応用できたことまで見えてくる。
ここで大事なのは、言えなかった文を正解例文に置き換えて終わらせないことだと思う。なぜ口に出せなかったのか、何が分かれば次は言えるのかまで記録する。すると、失敗談が次の学習課題になる。
で、ここででかいのがGPT。「あー、言えなかった。帰国したら先生に聞こう」「あとでネットで調べよう」ではなく、その場で「教えて」と投げると、「こういう場合はこういうことが多い」と個別具体に返してくれる。課題の発見から、解決候補を得るところまでを、とんでもないスピードで反復できる。もちろん、候補の検証は別に必要になるとは思うが、本当にすごい。
3.意味は、音声だけでなく場面全体から立ち上がる
広蔵市場では、聞き取れた音の断片、おばちゃんのジェスチャー、奥の席、座ったあとに当たった扇風機の風が一緒になって、「奥のほうが涼しいから、そちらに座って」という意味が分かった。CHAGEEでは、呼びかけの全文が分からなくても、칠백 번 とモニターの表示を組み合わせれば商品を受け取れた。カードを見せること、商品を指すこと、標識を読むことも、会話の外にある補助ではなく、その場の意味づくりの一部だった。
この場面を考える手がかりになるのが、Leo van Lierの生態学的アプローチである。van Lierは、状況の中で言葉を理解するとき、音声だけでなく、ジェスチャー、表情、視線、姿勢などの直接的な手がかりと、文化的な道具への慣れ、会話や状況についての知識などの間接的な手がかりが組み合わさると述べている。
van Lier自身が挙げる例は、今回の屋台の場面によく似ている。フランス語が分からない人が、部屋に入って asseyez-vous と言われても、音声だけでは意味が分からない。しかし、相手が空いている椅子へ手を伸ばせば、「座ってください」と分かり、実際に座ることができる。音、ジェスチャー、椅子、部屋の配置が一緒になって、次の行為を可能にするという例である。
広蔵市場でも、聞こえた音だけから文全体を理解したわけではなかった。시원한 らしき音、おばちゃんが奥を示す動き、奥にある席、座ったあとに当たった扇風機の風が組み合わさり、「奥の涼しい席へ座る」という行為が可能になった。CHAGEEでは、칠백 번、モニター、番号札、商品を受け取りたいという目的が結びついた。(やや強引か。)
ここでvan Lierと対応していると言えるのは、「言語を習得した」という結果ではなく、学習者が目的をもって環境の手がかりを拾い、言葉と物や行為を結びつけて意味を作った過程である。一度通じたことだけから、表現が定着したとは言えない。ただ、その出来事が次に検討できる学習機会になった、というところまでは説明できる。
Michael Longの相互作用に関する議論も、インプット、注意、フィードバック、アウトプットが相互行為の中で結びつく点に注目する。ただし、今回の場面の多くでは、意味交渉を言葉で十分に行えたわけではない。むしろ、短い返答やジェスチャー、その後に起きたことをフィードバックとして、自分の推測が合っていたかを確かめていた。ここは、観光場面の初級者を考えるときに重要だと思う。
4.初級者らしく話すことも、相互行為を調整する力である|私がめっちゃ言いたいこと
広蔵市場の注文では、品物を 이거 주시고요 で流暢につなぐ方法も知っていたが、あえて 떡볶이 하나 주세요、어묵 하나 주세요 と一つずつ言った。話し始めだけが上手すぎると、相手がこちらの理解力を高く見積もり、その後の韓国語が速くなるかもしれないからだ。
これは、単に「簡単な韓国語しか使えなかった」という話ではない。自分が処理できるやり取りになるよう、相手に示す言語レベルを調整したとも言える。流暢さやネイティブらしさだけを到達点にすると見落としやすいが、初級段階では、会話を破綻させずに続けるための大切な相互行為上の判断だった。
5.個人の旅DBは、自分専用の言語学習データ
このDBは、一人が一回の旅行で集めた記録にすぎない。一般化に使える、代表性のある学習者コーパスではない。それでも、本人の学習には強い素材になる。
たとえば、複数の場面に出てきた 주세요 を並べれば、前に来る名詞や数量表現を比較できる。물 저거 마시면 돼요? から 이거 그냥 두면 돼요? へ広げれば、-면 돼요? の形と機能を切り出せる。가세요 と 계세요 を動詞へ戻したり、출입문 を 출입+문 に分けたりすれば、形態素分析の入口にもなる。
コーパスを使い、学習者自身が実例からパターンを探す方法は、データ駆動型学習(Data-Driven Learning: DDL)と呼ばれる。一般的なDDLでは、多数の実例を検索して語彙・文法の傾向を発見する。この旅DBは規模こそ小さいが、「自分が言った、聞いた、言えなかった」という強い文脈が付いている。既製教材の例文ではなく、自分の経験を観察対象にできることに価値がある。
言語講師が、学習者を送り出すなら
学習者を目標言語が使われる地域へ送り出すとき、単に「たくさん話してきて」と勧めるだけでなく、次のような記録を勧めてもよいと思う。
実際に言った言葉
相手から聞こえた言葉と、そのときの実際の聞こえ方
標識やメニューで読んだ言葉
準備したが、使わなかった言葉
言いたかったが、言えなかったこと
理解を助けた物、文字、ジェスチャー、相手の反応
帰国後は、その記録を本人の素材として使える。
「話した/聞いた/読んだ/準備しただけ」を分類する。
GPTが出した候補を含め、表現の自然さを実例や教師の判断で確かめる。
繰り返し現れた表現を形態素等に分け、別の場面へ応用する。(形態素に分ける必要もないと思う。認知文法的に考えるのならなおのこと。)
聞き取りを助けた言語外の手がかりも含め、場面を再構成する。(めっちゃ小難しい書き方だけど、gptと対話しながら記事を書けば達成できる。)
「次に同じことが起きたら、何を聞き、どう答えるか」を考える。
複数の学習者のDBを比べ、既存教材では薄い場面や表現を探す。
この最後の段階は、教材開発にもつながる。教科書の会話を先に置くのではなく、学習者が現実に遭遇した問題から、必要な語彙、文法、聞き取り、応答の組を作る。そうすれば、「買い物の韓国語」という大きな単元ではなく、「値段を聞けても、数字の答えを受け取れない」「注文はできても、食後の行動を聞けない」といった、実際の相互行為に沿った教材が作れる。
GPTで学習を「終わらせる」のではなく、経験をもう一度観察する
GPTを使えば、自然そうな一文はすぐに得られる。しかし、それだけなら、便利な会話帳を自動で作っただけで終わる。
今回いちばん面白かったのは、旅行後に対話を繰り返すことで、「何を言ったか」だけでなく、「なぜそれを言ったか」「何が聞こえたか」「何を手がかりに理解したか」「なぜ言えなかったか」まで掘り起こせたことだった。GPTは正解を渡す道具である以上に、経験に質問を返し、学習者が自分の経験をもう一度観察するための道具になりうる。
こういった言語学習の記録は、きれいな成功例だけでなくてよい。聞き間違い、言いよどみ、ジェスチャーで通じたこと、最後まで分からなかった呼びかけも、状況と一緒に残せば教材になる。記事として人に読める形にし、同時にDBとして検討できる形にしておく。その往復自体が、一つの学習活動になるのではないかと思う。
参考にした議論
Richard Schmidt (1990), The Role of Consciousness in Second Language Learning (定番のやつ)
Merrill Swain & Sharon Lapkin (1995), Problems in Output and the Cognitive Processes They Generate (定番のやつ)
Michael H. Long (1996), The Role of the Linguistic Environment in Second Language Acquisition (定番のやつ)
Leo van Lier (2004), The Ecology and Semiotics of Language Learning (ちょっとマイナーなやつ)
John Flowerdew (2025), Data-driven learning: From Collins Cobuild Dictionary to ChatGPT
K. Kohnke, B. L. Moorhouse & D. Zou (2023), ChatGPT for Language Teaching and Learning (こんなのもある。一般的なことを言ってるだけっぽいやつだけど。)
この記事の作り方と利用について
この記事は、旅行前・旅行中・旅行後にGPTと行った対話の履歴をもとに、表現をいったんDBへ整理し、本人が「実際に言った/聞いた/見た/準備しただけ」を確認したうえで構成した。GPTは、表現候補の提示、質問、分類、理論との接続、文章化を支援した。最終的な経験の確認と、何を掲載するかの判断は筆者が行った。
なお、この記事自体が、言語学習や第二言語教育を考えるための参考になればうれしいです。AI時代の言語学習/支援に関するプチ研究会とかのネタとして取り上げること等、大歓迎です!
