議論ができない人類、論理的思考ができない人類と「民主主義」
言語は、通常、少なくとも、現在形、未来形、過去形を区別するでしょう。何を今さら、と思われるでしょうが、例えば、パワーポリティックス、核武装論とかになると、熱を帯びて来るせいか、この言語の基本形をすっ飛ばして、それらしい、もっともそうな「論」が拍手喝采を浴びることが少なからずあるようです。
物騒な世界に、いつの間にかなってしまい、『核武装論』者が増えて来たように感じます。
あるいは、『核兵器を 瞬時に 無効化できる「最強の 防御型 平和 兵器」』・・
アニメの見すぎ?
どこにあるの?
どうやってつくるの?
誰がつくるの?
現実を見なくていいの?
『矛盾』という言葉の由来を知ってますか?
某国が、『「最強の防御型平和兵器」ができた』と、しましょう。
所謂、その『敵国』は、その「最強の防御型平和兵器」を超える『最「最強の」』「防御型平和兵器」を開発しようとし、開発するでしょう。・・・以下、無限ループ。
「平和」という形容詞は、何の意味も持ちません。人類は、「平和」を錦の御旗にして、他国に侵略し続けて来たじゃないですか。「兵器」は、あくまでも「兵器」、他者を殺戮するための道具です。効率よく、短時間に、多数の人間を殺戮するのが「兵器」の性能の高さ(「最強の」)じゃないですか。
ただのおとぎばなしならいいのですが、ネット上でまことしやかにかたられると・・
・・具体的な名前は言ってないですからね。
『核武装論』者の場合、もっとたちが悪く、もっともそうな「核抑止論」で、自国の核武装を正当化しようとします。一定、説得力があるから、余計困ります。
反論のよい実例があります。
ほんの数日前の、イスラエルによるイラン核施設への攻撃です。
つまり、核武装しようとすること自体、戦争を、武力行使を、余計誘発することでしょう。
『核武装論』者たちは、これにも、なんだかんだ反論するでしょうが。
・・・具体的な名前は言ってないですからね。
もし、無事、核武装できたとしても(パワーポリティックスの網の目を掻い潜る高度な国際政治力が必須)、その後、無限ループの核競争・軍拡競争と、パワーポリティックスによる日常的な武力衝突の危険性に余計に怯えて暮らさないといけなくなるでしょう。例えば、インド、パキスタン。
戦後民主主義の平和憲法護憲派に対して、「平和ボケ」「念仏平和主義」などと詰っても何の意味もないでしょう。そんなに現行憲法が嫌なら、あくまでも
現行憲法に則って、
ステップバイステップで、民主的手続きによって改憲するしかないじゃないですか。「独立国家」なんですから・・。なし崩しで、現実、違憲の政策を実行し続けることこそ、国家の否定そのものじゃないですか。
・・・具体的な名前は言ってないですからね。
数年前までは、両派の公開討論がテレビでよく放映されてましたが、最近、目にしなくなったような気がします。私が、見てないだけかも、ですが。と言うか、見たくもないですが。
いずれにせよ、私が気になるのは、
現実をしっかり見ること、
ロジカルに推論すること、
現在形なのか未来形(非現実話法/希望・願望)なのか、はっきりすること、
反対意見、多様な意見に、ロジカルに対応すること、
・・・それが、出来にくい環境、ネット環境になっていること
です。
そんなネット環境こそが、人類の二極化の元凶かもしれません。とすると、これからますます分極化していくのでしょうね・・。
感情的な詰り、罵倒は百害あって一利なしでしょう。
最近流行りのAIですら、両方の意見、多様な意見をずらっと並べてくれるじゃないですか。例えば、ChatGPTで、「核武装論とは?」って、聞いてみてください。
正解は、私にも分かりません。
ただ、もう少し、ロジカルにならないと、人類は・・
とは、思います。
15.Jun.2025 in Ho Chi Minh City , Nam
