【上野】彰義隊の墓(上野恩賜公園)
西郷隆盛像を見たあとは、彰義隊の墓を参らねばなるまい。
渋沢栄一郎が主人公の大河ドラマ「青天を衝け」で主要な役割を演じている渋沢喜作(後の成一郎)が結成に参加したのが彰義隊だ。
その彰義隊は戦闘方針をめぐり意見対立がおき、渋沢成一郎は離脱して振武軍を組織。いったん西東京市(田無市)へ退く。そこには渋沢の妻になるちよの弟で、渋沢の養子になる渋沢平九郎も同行する。
ここ彰義隊の墓とは少し脱線してしまうので、ここまでにしよう。
改めて西軍と闘った彰義隊士たちに合掌。



先の説明板によると、この墓石に記された「戦死之墓」は山岡鉄舟が揮毫した。剣だけでなく書の達人でもあった山岡の見事な筆跡だ。山岡も大河ドラマの主人公になってもおかしくないほどの偉人だと思うのだが。

いつもは墓にばかり目が行ってしまうのだが、きょうは墓碑を見てみよう。
墓碑建立までの経緯が記されている。


篆額したのは徳川慶喜の跡継ぎとなった家達だ。「青天を衝け」では、草彅剛が味のある役を演じている。ゆくゆくはこの家達も登場するのではないだろうか。

ところどころを近づいて撮影してみる。彰義隊が発足した経緯であろう、渋沢喜作らの会合の場となった「浅草東本願寺」の文字が確認できる。血判状も記したのだろうか。
彰義隊が主としてあがめた「輪王寺宮殿下」の文字も。身命を賭して輪王寺宮を守ろうとしたのだろう

ここには説明板にみられる「組頭小川興郷」の名前が。

改めて輪王寺宮。

「新門辰五郎」の名前も。慶喜の身近にいた新門辰五郎だから、こちらもドラマでは登場するだろうか。「付属」と言う言葉から、新門辰五郎の配下の者達も参画したということか、あるいは、隊士達の亡骸の回収に協力したという内容だろうか。

