人生の最後に優勝した祖母


祖母が先日他界した。

私が20歳になるかならないか、それぐらい前に認知症になった。
転倒して歯が欠けたり王子まで徘徊したこともあったが、それでも元気に笑い合える時間も多かった。

ある時、突如腸閉塞と誤嚥性肺炎を併発してから、祖母は口からものを食べられなくなった。
合わせてコロナ禍中の入院で誰も会うことができない空白の時間を経た結果、
身体は痩せ細り痴呆も進んで、笑い合ってた元気な祖母はもうそこにはいなかった。

それでも、言葉を交わす事はできた。一日たった15分の限られた面会時間もあり、
最早私の事は自己紹介をしても薄ぼんやりとしかわからなそうだったが、ふざけたことを問い掛ければ弱々しいけど笑ってくれる、元気な頃の祖母の面影はハッキリとそこにあった。

そうして通常は1年ほどの命と言われるような状態で、祖母は3年半生き続けてくれた。

「もう栄養を投与するための管を刺せる場所がない」
医者に言われてその刻が迫っているのを知らされたのが12月の年の瀬が迫る頃。
先述の通り療養としては異例の期間を過ごしているので、それはいずれ起こりうる事であり、むしろ心の準備に時間を設けてくれたことに今となっては感謝を申し上げたい。

唯一後悔があるとすれば、私がもっと真摯に他の家族に伝えていたらみんな祖母に面と向かって会って、手に触れて目を見て言葉をかけにいけたのではないかと。
そういう意味では私も現実逃避をしていたのだなと今になって理解した。

それでも危篤と知らされ家族の大半は死の前日に祖母に会うことができた。
(私の父だけがコロナに感染し最後まで会うことができなかった。
最後の前々日に面会を予定していたが同述の理由で叶わず、その無念は計り知れない。)
その翌日に亡くなった時も、祖父の到着を待ち、着いてすぐに息を引き取った。きっとみんなにようやく会えて、満足したのかなと勝手に思う。

生前の祖母は、まさに亭主関白な祖父の横につきそう遠慮がちな人だった。
両親が離婚し祖父母家で育ててもらった時、その状態にほんのりと納得のいかなかった私は疑問を祖母に投げつけたり祖父に文句を言ったこともあったが、それに対して祖母は決して嫌ということはなかった。
それでも、きっと祖父より先に逝くのだけは譲るつもりはなかったのだろう。

死に顔はとても健やかで、月並みであるが本当にただ寝入ってるだけにしか見えず、
床に伏せていてもなお祖母の頬は綺麗なハリと艶があって、最期まで羨ましい限りであった。

葬儀当日。
真面目に仏教徒として長年やってきた祖母の元には、赤い袈裟を纏った大僧正と呼ばれるお偉いお坊さんが来てくれた。
祖父の希望も交えて、そのお偉いお坊さんがどうやらとても素敵な戒名をくれたと父が先駆けて教えてくれた。
口頭ゆえに私もイメージがよくわからないまま事実だけ捉えていたが、会場に足を踏み入れてその意味をあまりにもわかりやすく理解した。

戒名に、「優勝」が入っている。

実際は祖母の名前の一文字上に優しいが隣り合いそうなっただけなのだが。

おばあちゃん、天国での名前が優勝って。
得積みがすぎて最高。まさに人生大優勝じゃん!

綺麗な花々に囲まれた祖母の顔を見て、本当にぴったりな名前で、
いつか自分が祖母のところに追いつくときに絶対にすぐに見つけられるだろうなと。
そう思ったから「またね」と声掛けて火葬場で見送った。

自分が想像するよりずっと早く、荼毘に伏して遺骨と対面すると、
骨壷に満帆の量の遺骨が残っていて、立ち会った係の方々にも丈夫な骨ですねとべらぼうに褒められた。ここでも優勝してるってさ。

この世にもういないことにまだしばらく残された私たちは悲しみとお友達にならなきゃいけないけど、ここに残した言葉がどうにかして届く可能性があるなら、私の心を記しておきます。

おばあちゃんと一緒にスパで過ごした時間、楽しかった。おかげで私は今もお風呂屋さんが大好きです。
住まわせてもらったとき、作ってくれた朝ごはんを頬張る私の髪の毛を乾かしてくれて、今思えば怠惰の極みでマジで申し訳なかったけど、あれも大好きだったんだ。

もっとおばあちゃんの手料理、いっぱいいっぱい食べておけばよかったな。そのときはちゃんと煮物の中のピーマンや茄子も残さずちゃんと食べるからね。
箸を正しく持つことができて、魚が綺麗に食べられるようになったのはおばあちゃんのお陰です。
色んな行事にも来てくれてありがとう。スカイツリーに行ったお出かけがちゃんとした最後のお出かけになっちゃったけど、また逢えたら今度はバスツアーに行こうね。

おいしいものたくさん食べよう、おばあちゃんのことだからじいちゃんが一緒だと、いつも見たくじいちゃんが頼んだものを半分食べるってなっちゃうだろうけどさ。でもそれがいいんだよね。

1人孫に甘えて、わがまま極まりなくて、本当に孫不幸でごめん。
もっと会いにいけたし、たくさん話せたのにごめん。
でもおばあちゃんが困り顔で笑って許してくれるのを、甘えたな私は知っています。
おばあちゃんいないから、もうちょっとしっかりするけど、辛くなった時はおばあちゃんの大優勝にちょっぴりあやからせてください。

またね、おばあちゃん。

いいなと思ったら応援しよう!