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英語学習者のアーキタイプ:自己嫌悪型

外国語を学ぶことは新たなアイデンティティを獲得することでもある。
長い間、英語を喋る際、
「え〜日本語ちょっとわかんないんだよね〜そうそうパパがアメリカとかヨーロッパとかで仕事してるからずっと海外で〜」
というキャラ設定を意識していた気がする。

実際は、日本から出たこともないし、世界を飛び回るパパどころかパパ自体がいないし、英語は普通に教科書で勉強した。

(父親は死ぬ前に1時間だけ会ったが、世界を飛び回って、というか放蕩はしていたらしい。ただそこで違法な何かを売ろうとして逮捕され、旅券を永久剥奪されたとかなんとか)

なんとなくずっと惨めな気持ちだった。小学校の頃忘れ物がひどくて、担任の先生に「お父さんがいなくて大変なのはわかるけど」と普通に叱ってさえもらえないことが一番恥ずかしかった時や、人前で嘔吐してしまった時や、エッチな絵を書いているのがバレた時の、自分が本当に汚くて仕方なく思えるあの気持ちは、癖になっていて、そう感じていることさえ忘れていた。

小学校3年生あたりから、母の帰りを待つ間はずっと家のパソコンでネットに漬かっていた。ネット上の日本語ではない言語に強く魅かれて、ロシア語のドラマ、スペイン語の歌、英語のブログ等々をYouTubeでひたすらみていた。(年齢制限はかかっていなかったので、性的なコンテンツにも初期に晒された。それで私のドーパミンレセプターは壊れたのかなと今となっては思う.余談1)

編集者の母に幼少期から日本語を(「主語と述語が一致してないだろ!」みたいに笑)添削され続けたおかげもあって、英語のシンタックスを数学的に理解することは、教科書の助けがあれば特に難しくはなかった。というか私は中学の英語の教科書に出てくる文全てにPhrase Structureを書き足していた。(Phrase Structureという名前は大学に入るまで知らなかったけど)

何より執拗にネイティブの発する文を分析して模倣したので、ネイティブに間違われるほどの英語になるまで時間はあまりかからなかった。

英語というチケットを手にした私はやっと、その言語を話している間だけは惨めな日本語の私を忘れられた。日本の白人コンプレックスや、ひねくれた母国に対する評価も、もちろん私の心理を説明するものに含まれるだろう。英語を喋るときのその感覚に中毒になっていて、英語教育こそが良いものだと信じて疑わなかった。
12年間日本語だけで教育を受けながらもネイティブに間違われる英語を習得し、海外の大会に招待されて英語で発表までしたんだから、何語で教育を受けるか、とかどれだけ金のかかった教育を受けているかとかが、すべてではないと知っている人がいるとすれば私のはずだった。でも、東京で英語を喋っていると、自然と、バカ高い学費のインターナショナルスクールの子どもたちや、帰国子女などの(少なくとも金銭的には)恵まれた子どもたちと友達になり、キレイな英語で隠した自分の惨めさがより際立った気がした。
そのコンプレックスに飲み込まれて、ほぼその勢いだけで海外大を志し、日本の大学は英語で授業を教えるICUと早稲田のSILS以外に出願しなかった。

母国語も含むすべての言語にその側面はあるが、私にとって英語はコスプレの衣装としての要素が九割を占めていた。私はキラキラしていてリッチな外国人や帰国子女たちのコスプレがしたくてたまらなくて、英語が喋れるようになってしまった。

しかしそのコスプレの皮が剥がれた下の、英語の運用能力と、英語という言語が与えてくれた視座は、私を形成する大事な一部となっている。行きがかり上の楽しみの連続を私は生きている。

英語を喋れる人なら日本にいる限り絶対に聞かれる、「なんで喋れるの?」という質問に対して私は大体、「映画をいっぱい見た」と答えるか、たまに本当に出生を偽って回答を避ける。しかし本当に正直にお答えするならそれは私が私を嫌いだったからである。

これは "ホラッチョ" ショーンKの心理だと思う。彼の英語は私ほどうまくはないけど、心底共感するし心底恥ずかしい。

どんな話をしても結局自己嫌悪について語り、トニモリスンを引用し、幸せになろうぜ!と言って一つのエッセイ終えたかと思ったら次のエッセイが始まる、というループにはまっている自覚はあるのでもうそろそろ書くのを止めるが、要するにこのエッセイで私が言いたかったのは、
私の英語は幼い時からの類稀なる強さの自己嫌悪からくるものだから、メソッドを教えられるものではない、もう聞かないでくれ
ということ
そして、はじまりはそうだったとしても、第二言語獲得よって得られたものは偉大だ
ということ。

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