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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 3-17

第十七話 炙り穴子に、塩


 トレイが意識を取り戻したとき、いつもの下宿の部屋がなんだか暖かかった。それにお茶の香りもした。ここはどこだろう? とトレイがゆっくり頭をめぐらせると、ミルキーピンク色の髪のレンが長い足を組んで椅子に腰掛けていた。

「気がついたか、トレイ」

 レンは調理に使う短剣とキッチンナイフの手入れをしていたらしい。刃先の輝きを確認し、それから手早く片付けをはじめた。

「ひどいものを見せてしまって、すまなかった」

 そう言うと、レンはトレイの隣に立ち、トレイの前髪をかき分けて熱を計った。レンの手のひらはいつも温かいので、トレイが熱を持っていても分かるかどうかは疑問だ。

「大丈夫」

「すぐそう言う」

「……ほんとうに、大丈夫です」

 トレイはぷくっと頬を膨らませ、それから力こぶを作った。
 ナイスタイミングでお腹から音が鳴る。

 ぐぅううぅぅ〜〜〜〜

 トレイの頬がぽっと赤くなった。

「分かった。なら、支ゑ亭ささえていの店主が起きたら呼んでくれと言ってたから、ちょっと伝えに行ってくる」

 フッと微笑んでレンが立ち去った。
 小さな下宿部屋には、レンがのんでいたお茶の香りが漂っている。
 ちなみにミントはまだ寝ており(!)ベッドの上でトレイの足元に丸まっていた。レンのおんぶであれだけ回転したり飛んだりしていたのに熟睡していた。ふかふかの布団は気もちよさそうで、ミントは寝返りしながらトレイの足を盛大に蹴り飛ばした。


 純白のフルアーマーを装備した隊は、昨今のモンスター襲撃が激化している関係で、城を中心に各地へと派遣されている。戦況をレンたちは知るよしもないが、いまレンたちがいる町から白代城しろしろしろまでは、かなりの距離がある。

 なぜ、紫色のオークたちモンスターに混ざって白いアーマーが登場することになったのか。その謎は、襲撃地点からすこし離れた集落を見ることによって紐解かれた。

 見るに耐えない兵隊たちの骸。集落でも戦いがあったのだろう、地面には争った形跡がしっかりと残っていた。

 人を襲い、金品を奪い、食糧も奪い、そして近隣を片っ端から襲っていく。モンスターたちが移動した通り道はひどく森が荒れていた。よほどたべものに飢えていたのか、オークやゴブリンたちは小さいモンスターをも襲って食糧にしていたようだった。

 兵たちの遺った欠片を目にしたトレイは、嘔吐して、気絶した。
 それをレンは担いで下宿まで運んだのだった……。


「わ……! わぁあぁー! すごいっ! すごく美味しそうですっ!」

 トレイの目がらんらんと輝いた。
 レンが店主のじいさんから受け取ってきたものは、海の幸だった。

「快気祝いの穴子だそうだ」

「あなご……!」

「しかも炙ってて、海塩を振っているとのことだ」

「炙りあなごの塩ふり……!」

 ぽた、とトレイの口からよだれが落ちた。

 大きな丸皿の中央に、そっと置かれた炙り穴子。香ばしい匂いとふっくらした柔らかそうな見た目に、トレイの心はがっちりと鷲掴みにされた。

「いっただっきまーす……!!!!!」

 ぱく、もぐ、ごっくん。

 うまいよぉ、と感想を言ったのはトレイ……ではなく、ミントだった。

「あああああ——————!!!!!」

「うま、うま。これ、うまいよぉ」

 ぽた、と敷き布団の上に涙の沁みが二つばかり落ちた。

「噛め——っ! じゃなくて、それはトレイのだ——っ!」

「ぼくの穴子……!」

 ようやく起きたミントは、いつも通りの食欲大魔王だった。
 炙り穴子を全部たいらげたあと、ふっとトレイのほうを見上げた。

「おはよう、トレイ」

 何日も眠ったまま起きなかったのに、ゆさゆさしたり、焼き立てのお肉の串をミントの鼻先にくっつけても起きなかったのに、やっと……!

 トレイは涙を流し、鼻をすすりあげた。

 悲しいのに嬉しい。
 嬉しいのに悲しい。
 トレイの心はジェットコースターのようだ。

 レンは無言で部屋を出て、もう一度店主のじいさんに炙り穴子をもらいに走った。

「炙り穴子を五十個くれ! 金はいくらでも出す!」


   ***


「ようやく起きやがったかこの野郎重かったぞぐうたら寝やがってこの」

 何やら鬱憤が溜まっていたのか、レンはミントにぐちぐち言っていた。

「おはよう、レン。ミント、いっぱい寝たよぅ」

「そうだろうな」

「背、のびたかな〜?」

「どうだろうな」

「レン、対応が塩だぁ!」

「塩なら炙り穴子に振りかかっている」

 ミントがひとり起きるだけで、部屋がさらに暖かくなった気がする。
 トレイはもぐもぐと口いっぱいに穴子をたべて、泣きながらたべて、幸せな気もちでいっぱいだった。ちゃんとレンがたくさん穴子を持ってきてくれたので、ミントに多少たべられてもしっかり残っていた。

(あんなに静かな部屋だったのに……)

 トレイは微笑んだ。
 夜、ミントに蹴られずに安眠できたけれど。ホールスタッフとして毎日働いて日銭をいただいていたけれど。それは自分でも働くことができている、という充足感と、すこしはレンにお金を渡せることができる、という自己満足感を得られたけれど……。
 でも……。

 トレイがたべている向かいで、レンはミントと(わりと塩対応で)ぺちゃくちゃしゃべってツッコんでいて、賑やかで、騒がしかった。

(ひとりの時間がほしかったけど、手に入ったらなんていうか……)

 これでいいのだ、とトレイは思った。
 レンとミントはトレイと出会ったころから二人一緒にいて、ほんとうの家族のように見えた。親子というよりは、親戚の、歳の離れた兄妹みたいな。

 手に入れて、失って、それで気づくことがある。

「ミント……おかえり……!」

 にっこり笑ってトレイが言うと、ミントは一瞬キョトンとした。
 そしてぴょんとジャンプをしたあと、思いっきりトレイに抱きついた。
 トレイは慌てて持っていた皿を安全な高台へ避難させる。

「トレイ〜〜〜〜〜」

「う、え、え……? ぐぇ————っ!!!」

 ミントに覆いかぶさられたトレイは絶叫した。

(重い……! 重すぎる……!)

 トレイより小さいのに、ミントが乗ると内臓が押しつぶされそうだった。
 レンが無言でミントの首根っこを掴んで引き離す。

「ミント、寝すぎの期間に成長したらしい。何倍も重くなってんだ。おれもおんぶしてたら肩こりになるかと思った。見た目は変わってねぇが、重さは尋常じゃねぇ。……トレイ、くれぐれも気をつけろよ……!」

「ぐぇ…………」

 重すぎて涙目になってしまった。
 変わっていないように思うのに、不思議だなとトレイは思う。

(ぼくは、何か成長できたんだろうか……?)

 トレイはそっと両手を見、肩や腹まわりの筋肉を確かめる。
 その様子を見たレンが、眉をひそめ
「……トレイ、腹でも痛いのか?」
 などと心配してきたので、トレイは頑張って否定した。

 なにはともあれ、やっと当初の目的地への旅がはじめられそうだ。

 白代城。
 そして、ホワイトドラゴンに会って、話をする。

——そのまえに、フラウにでも会うか

 討伐隊隊長のフラウは元気にしているだろうか、とレンは小さく微笑んだ。久しぶりに一杯だけ酒でも酌み交わしてみようか、なんて考えながら……。



(つづく)


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