映画『白夜』 ブレッソンによる典型的な女はワカラン映画(ネタバレ感想文)

(4Kレストア版日本公開2025年3月7日)
ロベール・ブレッソンが有名監督であることは存じ上げているのですが、私は、結果として遺作となった『ラルジャン』(1983年)を公開当時(日本公開は86年だったそうだ)に観たきりです。
昨年だったか一昨年だったか、『バルタザールどこへ行く』(66年)などをリマスター上映していて、興味はあったのですが見逃してしまいました。
当時私も大学生だったので映画知識も浅く、『ラルジャン』の感想は「なんだかなあ?」でした。
また、ドストエフスキーの原作は読んでいないのですが、同じ原作をルキノ・ヴィスコンティが映画化した『白夜』(57年)は観ています。
それももう40年近く昔の大学生の頃でしたから、文学的知性もおぼつかなく、ヴィスコンティ版『白夜』の感想も「なんだかなあ?」でした。
しかし、私も中年となり、映画や文学の知識も増え、ブレッソンの何たるか、ドストエフスキーの何たるかが分かるようになった今、製作から半世紀以上過ぎたブレッソン版『白夜』を初めて観た感想は、「なんだかなあ?」の2乗。
ヘンテコ。ヘンテコ映画。デビット・リンチよりもヘンテコ映画。
野原で前転クルリンあたりでヘンテコ臭プンプン。
そーゆーわけで、大変申し訳ないんですが、「珍作」という扱いで論を進めます。ご了承ください。

いきなり話が横道にそれますが、帝政時代のロシアの原作を現代(当時)フランスに置き換えているんですが、舞台はポン・ヌフなんですね。
あのイカレポンチ・レオス・カラックス『ポンヌフの恋人』(91年)の舞台ですね。
ポン・ヌフはセーヌ川にかかるパリ最古の橋で、交通の要所であり文化的にも重要な地点だそうです。日本で言えば日本橋みたいなもんでしょうか。
そういや泉鏡花の『日本橋』は溝口健二と市川崑が映画化してるな。
それでいくとさあ、まだ話は横道にいますけど、「橋の上で出会って再会を約束する」みたいな話って、他にもありますよね。
『哀愁』(40年)とかさ。あれはどこ?ロンドン・テムズ川のウォータールー橋みたいですね。たしかに映画の原題は『Waterloo Bridge』だ。
あと、菊田一夫の『君の名は』(52年)とかね。あれは数寄屋橋だ。
この「橋の上で再会約束話」の原点って、実はドストエフスキーなんじゃないかなあ?(初版発行は1848年だそうです)。
サンクトペテルブルクに引っ越して以来友人が一人もできず夢想的で非常に孤独な生活を送る青年が、白夜のある晩に橋のたもとで一人の少女と出会う。
原作の舞台はサンクトペテルブルクなんですね。
後の(そして元)レニングラード。
ソ連映画『レニングラード攻防戦』(1974年)でお馴染みですね(<お馴染みじゃねーよ)。
たぶん、原作当時、サンクトペテルブルクは首都だったと思うんです。
つまり、主人公の青年は「都会に出てきた」という基礎設定があるのです。
この映画は、その「サンクトペテルブルクに引っ越して」をヒッチハイクで表現する。
え?現代的な翻案のつもり?それ、必要?
さらに、「夢想的で非常に孤独な生活を送る青年」を「惚れっぽい男」として翻案する。
え?フランス的な翻案のつもり?なんか、もう、コントにしか見えなかった。コント「惚れっぽい男」。

それに、謎の画家設定。あいつ、ちっとも絵を描いてないからね。
線3本くらい引いて、チョロっと色塗ってるだけ。
あんなに絵の具で手が汚れるほどじゃない。
そして映画が終わってみれば、フランス映画伝統の「女はワカラン」というジャンル映画。ジャンル映画か?

たしかにストーリーは原作通りなんだろうけど、原作の読後感は違うと思うんですよね。読んでないけど。
映画の読後感はゴダール世紀の珍作『アルファヴィル』(1965年)似てる。
そもそもフランス、白夜じゃねーだろ?
(2025.03.09 角川有楽シネマにて鑑賞 ★☆☆☆☆)

