まいにち生まれ変わる 第4話:空白のページと、黄色い傘
朝、デスクに向かい、いつものようにノートを開いて動きを止めた。
白いページには文字が一文字も書かれていなかった。ただ中央に、丸みを帯びた小さな傘の落書きが、ぽつんとひとつだけ描かれている。
首をひねりながら玄関へ向かう。傘立てにあるはずの、私の黄色い長傘が消えていた。代わりに靴箱の上には、まだうっすら湿り気を帯びた折りたたみ傘がひとつ、ポツンと置いてある。
外からは、しとしととアスファルトを叩く雨音が聞こえていた。
何が起きたのか、私には分からない。けれど、不安がる必要なんてどこにもないのだ。ポケットの山桜の栞をゆびさきで優しく確かめ、折りたたみ傘を手に取る。
パッと傘を開くと、ナイロンの弾ける音とともに、雨の日の澄んだ匂いが鼻腔を突いた。湿った風を頬に受けながら、水たまりを避けて街へ歩き出す。
駅前の喫茶店の庇(ひさし)まで来ると、店内にいた若い女性がガラス越しに私を見つけ、弾かれたように飛び出してきた。その手に握られているのは、私のあの黄色い長傘だった。
「あの……! やっぱりここを通ると思って待っていました! 昨日は本当に、ありがとうございました」
頭を深々と下げる女性。目元が少し赤く腫れている。
私の頭の中の検索窓は、いつも通り静かに空っぽだ。昨日、彼女とここで何があったのか、私にはさっぱり分からない。
イヤホンを外し、雨粒の落ちる傘のフチを指でさすりながら、まっすぐに彼女を見た。
「ううん、無事でお役に立ったなら良かったです!」
私が何事もなかったかのように微笑むと、女性は一瞬きょとんとして、それから堰を切ったように目元を崩した。
「……昨日、試験に落ちてここで泣いていた私に、あなたがこの傘を貸してくれたんです。『明日の天気がどうなるかは分からないけど、今日の雨はこれで防げるよ』って笑って……。忘れちゃうからって、ノートに書くねって言ってくれたのに」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
なぜ昨日の私が、ノートに何も文字を残さなかったのか。その理由が、手にとるように理解できたからだ。
昨日の私は、恩着せがましく「お礼を言われる予定」を今日の私に残したくなかったのだ。見返りや期待を今日に持ち越さず、ただまっさらな気持ちで、この晴れやかな顔の彼女と出会ってほしかったのだと思う。
「きっとね、昨日の私は、今日の私に『今この瞬間のあなたの笑顔』をプレゼントしたかったんだと思います」
「私の……笑顔を?」
「ええ。昨日どれだけ雨が降っていたとしても、今あなたがこうして前を向いて笑っている。それ以上に素敵なことなんて、ないですから」
女性は息を呑み、それから心底嬉しそうに「はい!」と頷いた。
雨脚が弱まり、雲の隙間から細い光が射し込んでくる。記憶の記録は残っていなくても、昨日の私が手渡した温もりは、巡り巡って今日という時間を確かに明るく照らしていた。
