「この映画見た?」と言えない瞬間
こないだ、日本語を勉強しはじめたフランス人の友人とおしゃべりしていて、ふと気づいたことがある。
普段、彼女とはもちろん tutoyer で話している。
※tutoyer = 相手に「tu」で話す(くだけた言い方をする)
※vouvoyer = 相手に「vous」で話す(丁寧に言う)
「あの映画見た?」と軽く聞ける関係で、冗談も交えながら気楽に会話できる仲だ。
ところが、彼女が日本語を使うと、同じ質問が突然こうなる。
「あなたは、この映画見ましたか?」
普段のくだけたやり取りから一転して、なんだか不自然に丁寧な響きに変わる。
言語が変わるだけで、関係の距離感まで変わってしまったように感じられた瞬間だった。
普段は仲がいいだけに、思わずニヤニヤしてしまった。(失礼だけど)
フランス語の距離感
フランス語には「あなた」を表す二つの言葉がある。
ひとつは tu。友達や家族に使う、くだけた「あなた」。
もうひとつは vous。丁寧に相手を呼ぶときや、複数に向ける「あなた」。
たとえば映画の話をするときでも――
tu:Tu as vu ce film ?(この映画見た?)
vous:Vous avez vu ce film ?(この映画見ましたか?/この映画をご覧になりましたか?)
同じ内容でも、言葉の響きは大きく変わる。
言葉そのものが、人との距離を示す仕組みになっているのだ。
最初は vous から始めて、少しずつ親しくなると「On peut se tutoyer ?(タメ口で話していい?)」と声をかけて tu に切り替える。
言葉の使い分けそのものが、人との距離を測る物差しになっている。
言語を学ぶときの入り口
今回の友人との会話で感じた違和感は、言語を学ぶときの「入り口」に由来しているのかもしれない。
日本語を学ぶ外国人は、まず「です・ます」の形を習う。
だから、親しい相手に話すときでも、自然とフォーマルな言葉が出てしまう。
近づきたい気持ちが、逆に距離を生んでしまう――そんな矛盾があるのだ。
フランス語も同じで、動詞の活用や tu / vous の使い分けが複雑で、言葉の微妙なニュアンスが関係性を左右する。
もちろん、これがすべてじゃない。
あげればキリがない。
言語の難しさって、どの文化にも必ず存在するんだなと思う。
言葉の形を超えて
言葉のかたちがどう変わっても、伝えたい気持ちは同じ。
言語の壁や敬語の複雑さを超えて、大切なのは相手と心を通わせることなのだ。
…とはいえ、私もまだまだフランス語初心者だから、tutoyer と vouvoyer が混ざっちゃって、めちゃくちゃな会話になったりする。
それでも、言葉を通じて分かち合おうとする気持ちは変わらないのだ。
