自社のクラウド、乗り換えに何ヶ月かかりますか。答えられる企業は14%

AI導入の議論は、たいてい「どのモデルを使うか」に集中します。
9月8日にCapgeminiが公表した調査は、そこに別の問いを差し込んできます。そのモデルとクラウドが使えなくなったとき、自社は何ヶ月で乗り換えられるのか。
「デジタル主権」という言葉はこれまで、EUの政策文書の中にある少し遠いテーマでした。この調査は、それが取締役会の議題に降りてきていること、そして議題にはなっているのに実態は把握できていないことを、数字で示しています。

何が起きたか

Capgemini Research Instituteは9月8日、「Digital Sovereignty: From Policy Ambition to Executive Imperative」と題した調査レポートを公表しました。

対象は、年間売上高10億ドル超の企業と、年間予算10億ドル超の政府機関。米国、英国、欧州大陸(フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン)、アジア太平洋(オーストラリア、中国、インド、日本)の経営層・技術幹部1,300人に、2026年4月に実施されたものです。日本も対象に含まれています。

主な数字はこうです。

  • 93%の組織が、デジタル主権を取締役会レベルで議論している

  • そのうち59%が「完全なデジタル主権は現実的な目標ではない」と回答

  • 約3分の2が、デジタル主権を「レジリエントな相互依存」と定義。欧州では75%、米国では50%と差がある

  • 86%が、海外または外部にコントロールされたサプライチェーンに大きく依存している

  • 重要なプロバイダーからの移行に「12ヶ月以上かかる」が36%。「代替となる提供者がそもそも存在しない」が10%

  • 自社の技術的な依存関係を端から端まで可視化できているのは、わずか14%

  • 直近で運用障害を経験した組織のうち、代替計画を持っていたのは42%

最後の2つが、この調査の芯だと思います。

背景

デジタル主権はもともと、EUが自域のデータとインフラを域外の事業者に握られている状況を問題視して使い始めた政策用語です。日本でも経済安全保障推進法や政府クラウドの議論で、似た問題意識は共有されてきました。

ただ、これまでは「政策の話」でした。それが経営の議題に移った理由は、この数年で依存がコストではなくリスクとして表面化したからです。大規模なクラウド障害、半導体や重要材料の輸出規制、生成AIの主要モデルが数社に集中する構図。どれも「安く早く外部に任せる」という判断の前提を揺らします。

今回の調査が興味深いのは、その揺らぎに対する企業の答えが「自前に戻す」ではなかった点です。

何が変わるのか

変わったのは、主権という言葉の中身です。

3分の2の組織は、デジタル主権を「完全な独立」ではなく「レジリエントな相互依存」——重要な部分は自社で制御し、それ以外は戦略的なパートナーシップで回す——と定義しています。Capgeminiでオペレーションとデリバリーを統括するKarine Brunet氏も、相互接続されたエコシステムでは完全な自律はめったに達成できない、と述べています。

つまり論点は「依存するかどうか」から「どの依存を、どこまで、いくらで許容するか」に移っています。実際、半数弱の組織が平均23%の「デジタル主権プレミアム」を払う用意があると答えています。主権は理念ではなく、値札のついた選択肢になりました。

そして、その最優先領域として挙げられたのがAIです。4分の3の組織が、主権を考えるうえでAIを重点領域と位置づけています。

なぜ重要なのか

93%が取締役会で議論し、14%しか依存関係を可視化できていない。この差が問題の全体像です。

議論はしている。危機感もある。けれど、自社がどのベンダーに、どの業務で、どれくらい深く依存しているかを、一枚の絵にして持っている会社はほとんどない。だから「うちは大丈夫か」という問いに、誰も具体的に答えられません。

さらに厳しいのは、実際に障害を経験した組織ですら、代替計画を持っていたのは42%だという点です。痛い目に遭っても、半分以上は次の備えができていない。可視化されていないものは、事故の後でも直せないということだと思います。

ビジネスへの影響

実務的には、二方向に効いてきます。

買う側では、IT・SaaSの調達基準が変わります。これまでの評価軸は機能と価格が中心でしたが、そこに「移行にかかる期間」「代替提供者の有無」「データの所在と持ち出し可能性」が並びます。36%が12ヶ月以上かかると答えている以上、これは契約更改の交渉力そのものです。

売る側——SaaSやBPO、システム受託の提供者にとっては、逆説的な変化が起きます。顧客の乗り換えを難しくすること(ロックイン)が競争力だった時代から、「うちからは抜けやすい」と示せることが選定理由になる時代へ、部分的に反転します。データポータビリティや標準仕様への対応が、営業資料の後ろではなく前に出てくる。

そして、AIエージェントを業務に組み込むほど、依存は静かに増えます。モデル、クラウド、ベクトルDB、エージェント基盤。それぞれ単体では小さな選択でも、業務プロセスに埋め込まれた瞬間に「抜けない部品」になります。

今後どうなるか

短期的には、依存関係の棚卸しを支援するサービスが増えるはずです。可視化できている企業が14%しかないなら、そこは市場です。

中期では、調達文書のテンプレートが変わっていくと見ています。RFPに移行性の項目が入り、契約に出口条項が入る。欧州が先行し、日本は政府調達から順に追随する、という順番になりそうです。

一方で、主権プレミアムの平均23%という数字は、そのまま景気に左右されます。業績が厳しい局面では「今はコスト優先で」と後回しにされる。この論点が定着するかどうかは、次の大きな障害が起きるまでに、どれだけ具体的な仕組みに落ちているかで決まると思います。

筆者の考察

事業企画の立場で読むと、この調査は「依存をゼロにしろ」とは一言も言っていません。言っているのは、依存の値段を知らないまま経営するな、ということです。

自社に当てはめるなら、問いは3つで足ります。

  • その仕組みが止まったとき、何日で業務に影響が出るか

  • 別の提供者に移すのに、何ヶ月かかり、いくらかかるか

  • その2つの答えを、社内の誰が持っているか

厄介なのは3つ目です。契約書は法務、アーキテクチャは情報システム、業務フローは現場、と情報が割れていて、一人も全体を見ていないことが多い。14%という数字は、たぶんそこから来ています。

もう一つ付け加えるなら、この調査のフィールドワークは2026年4月です。その後の半年でAIエージェントの業務導入はさらに進みました。実態としての依存度は、この数字より高い側にあると考えたほうが安全だと思います。

まとめ(結局、何を理解しておけばいいか)

  • 9月8日公表のCapgemini調査で、93%の組織がデジタル主権を取締役会で議論している一方、依存関係を端から端まで可視化できているのは14%だった

  • 企業の答えは「自前に戻す」ではなく「レジリエントな相互依存」。3分の2がそう定義し、半数弱は平均23%のプレミアムを払う用意がある

  • 重要ベンダーからの移行に12ヶ月以上かかる企業が36%、代替が存在しない企業が10%。これは調達と契約交渉の力関係そのもの

  • AIが主権の最優先領域。エージェント導入は便利さと同時に「抜けない部品」を増やす

  • まず自社でやることは、思想の議論ではなく棚卸し。止まったら何日で困り、移すのに何ヶ月かかるかを、一枚にまとめる

情報源

  • Capgemini(公式プレスリリース, 2026-09-08)Most organizations say full digital sovereignty is an unrealistic goal as businesses prioritize resilience over total independence https://www.globenewswire.com/news-release/2026/09/08/3357326/0/en/most-organizations-say-full-digital-sovereignty-is-an-unrealistic-goal-as-businesses-prioritize-resilience-over-total-independence.html

  • Capgemini Research Institute レポート「Digital Sovereignty: From Policy Ambition to Executive Imperative」(同リリース内で公表)

  • The Next Web(2026-09-08)Most large organisations think full digital sovereignty is unrealistic, Capgemini finds https://thenextweb.com/news/capgemini-digital-sovereignty-survey-2026

  • Reuters配信(2026-09-08)Boards prepare for digital infrastructure shocks, survey says https://www.thestar.com.my/tech/tech-news/2026/09/08/boards-prepare-for-digital-infrastructure-shocks-survey-says

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