ナガサキ愛と平和の祈り8.9
6つの惑星直列と並んで顔をだした8月9日の満月を愛で、
まるで宇宙とのバランスと調和をも感じさせてくれるような、
そんな母なる地球の平和を同志とともに祈った一日だった、
ヴァアというひとりの漕ぎ力よりも皆の調和をもっとも大切にする、
地球の縮図のようで、
平和の象徴のようなカヌーを漕ぎ
海を愛する仲間たちが、愛と平和のために集まった
祈りの力を信じる人たちがそこにはいた、
おそらく日本中でどこよりも、戦争反対や核廃絶や、原爆ヒバクシャ、平和、 というワードが絵空事で、あまりにも身近でない ” ソドムとゴモラ ” のような夏の湘南というこの地で、80年前の戦時中も権力者の避暑地であり、戦火から逃れる人たちの疎開地でもあった、無関心という現世の典型的な利己主義を謳歌する人たちが、人間中心の管理された ”自然” の豊かさだけを好んで移住し、物質、経済、悦楽主義的な空気が色濃く漂う8月の湘南、
そんな真夏の太陽の下、その葉山でも、、
子供たちの笑顔が途絶えない未来の平和のために、
時空をこえて世界に愛の和を広げたいと切に願う仲間たちが集まった、
ワンラブのヴァアPIli Alohaは広島の人たちに囲まれて、8月6日の広島原爆の日と同じように、多くの子供たちだけでなく大人たちが集まり、海を漕ぎ祈りを捧げたのだ、
そしてOcean Va’a ホクレアのオハナたちは大雨の長﨑の平和公園で、
8月9日、 11時02分、
みんなで同じ時間に、同じ一つの思いで祈りをささげたのだった、
80年まえにこの雨雲と雨さえあれば、
ナガサキへの原爆投下は避けられたのに、、、
と天を仰いで被爆経験者とその遺族なら誰もが思ったであろう、
でも、長﨑が被爆地にならなければ、その代わりに別の場所が他の子供たちや市民が確実にアメリカの核開発の人体実験台となり、世界で最初に核抑止力を全世界に誇示する身勝手な覇権主義者の犠牲になっていたことだろう、
(日本には合計30発の原爆を投下する計画だったらしい)
だから、80年前の8月9日11時2分、爆心地にある浦上天主堂で平和の祈りを捧げていた多くの原爆犠牲者の遺族たちは、自分たちが生贄(いけにえ)として神様に捧げられたおかげで、その結果戦争が終わり世界に平和がおとずれたと信じている(そう信じずにはいられない)そう信じ続けている数少ない人たちが今も天主堂で祈りをささげている、
愛のちからで
祈りのちからで
憎しみに立ち向かっているのです
彼らが信じる平和とは
自分をまもることによってではなく、
自分を差し出すことによって生まれる平和
自分と家族だけでなく
全世界のすべての人が幸せにくらすための平和なのだ、
でも80年たった今も、同じ空の下、大人や国家同士の争いとはまったく関係のない弱き子供たちが犠牲になっている、欲望を満足させたいという卑しい大人たちの身勝手のせいで、
その欲望と自分勝手の種がわたしたち人間には誰にでもある、ということを忘れてはいけない、だから祈るのだ、愛で光輝くことをめざして祈るのです、
そう8月9日満月の夜におもう、
" いまは 祈り のみが信じられる
人々の 祈り の部分がもっとつよくあるように
人々が地球のさびしさをもっとひしひしと感じるように
ねむりのまえに、ぼくは 祈ろう
ひとつの小さな 祈り は
暗くて巨きな時の中に
かすかながらもしっかりと燃え続けようと
いま 炎 をあげる "
わたしが大好きな谷川俊太郎『祈り』から抜粋させていただきました、
