平戸・ナガサキ 海からの巡礼の旅を終えて
平戸からナガサキまで、春分の日3月20日に根獅子の鹿島浜でのブレッシングの儀式で舟出してから昨日までの15日間、
一心に大地と海に祈りを捧げてきました、
漕いでつなぐエリアの歴史的背景から『海からの巡礼の旅』という名前がスーと降りてくる感じで何の抵抗もなく名付けたけども、
まさにその名前にふさわしい、世俗的空間から離れて聖域に入り聖なるものに近づいて祈りながら海を渡る、
そんな日々だった、
日本列島の西の最果ての沿岸を漕ぐこの航海は、季節的なこともあり連日風に悩まされ、海を漕げない日々が何日もあり、
当初からの目的地、折り返し地点でもあった南島原まで行くことはかなわなかったが、
でもそのおかげでヴァアpilialohaに砂浜で待ってもらい、さまざまな聖地とよばれる場所や、昨年のヒロシマ、ナガサキの航海では出来なかった原爆資料館や浦上天主堂などをたずねて祈る機会が与えられ、未来の母なる地球をになう子どもたちも一緒になって祈りを捧げることがたくさんできたたのだった、
行く先々で、つねに今のわたしたちに必要な出会いが用意され、
不思議なほどに上陸するべき浜辺へと導かれた航海だった、
当初の計画や予定とはまったく違う思ってもみなかった素晴らしい出来事がそこには用意されていたことが何度もあった、
巡礼はたんなる人が考えるイベントではない、ということをつくづく感じさせられた毎日だった、
自然の砂浜ではなくコンクリートで覆われた人工的なさびれた漁港に上陸し祈ることもあったが、昔は先人たちが手漕ぎの舟で上陸していたかつての自然の砂浜だったりもした、
ゴロタ石で上陸ができなくても、子どもたちのプーの音とE Ala E の手拍子が空高く時空をこえて宇宙と共鳴していった、
平戸、田平から西海、外海、長﨑、野母崎までの沿岸は、
殉教、迫害、原爆、自然破壊、など
人間の哀しすぎる歴史の象徴のような海と浜辺で、
解放や自由や希望を切実に求めるエネルギーに満ちあふれていたけども、子どもたちの純粋無垢な口から吹き出る息で響き渡るプーの音とともに、E Ala E をなんどもなんども繰り返しそして力強く皆で唱えるたびに宇宙と共鳴し、そんな哀しみや苦しみが解放され海から砂浜から空高く太陽の輝きにむけて自由に舞いあがっていくような感覚を誰もが体感したと思う、
天候が良く風が追い風だったら快適に笑顔で漕ぎ渡れる一見風光明媚な沿岸だったのだろうけども、
今回の航海は往路も復路も、
南風、北風と、
ずっと向かい風、
6人が呼吸をあわせて海に溶け込み融合するほどに、ただ一心に祈りをささげるように漕ぎ進めることが強いられた日が幾日も続いた、
まさに ” 巡礼" にふさわしい、
何の不自由もない今を生きる人たちの日常からかけはなれた神域をかいまみるような、
そんな厳しい航海だった、
哀しみ苦しみ、バランスを失った生きとし生けるものすべての息吹を感じることができる日々だった、
ほぼ毎日のように遠くから、この航海のために漕がなくてもサポートとE Ala E を唱えるためだけにかけつけてくれた愛にあふれた同志たち、オハナたちの存在にどれだけ助けられたことか、
海が見渡せるポイントいく先々からのプーの音にどれだけ心が鼓舞されたか、
葉山からかけつけてくれた子どもたちのマナに私自身がどれだけ癒やされ勇気をもらったことか、
この草の根的で少人数の共同体でのほそぼそとした活動ではあるけども、そのスピリットのパワフルさは、きっとこの日本列島の西の果てから日本中に愛と調和の波動となって響き渡り、
世界の平和へのいしずえとなるに違いない、
同じ志しの仲間が与えられますように、
わたしたちに必要なボヤージングが与えられますように、
祈りは未来へ
人に平和
神に栄光
