海からの巡礼の旅 DAY3
9月22日
晴れ
大潮
向かい風となる北風、北東の風強し、
潮は強い場所はあったものの全体的にたるんでいた、
大和民族だけでなく、この国土を、海洋を、
ずっと古代からみ守り続けてきた
日本総鎮守 大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)
のマナが半端じゃなかった🙏
うまく表現できないけどほんとにすごかった、
海にたずさわる人だけでなく、大和民族を自負する日本人ならぜひとも行ってほしい、参拝してほしい、
神社の風格はたしかにあるけども、
そこには太古の自然信仰のようなものが次元を超越してそのまま息づいていたんだった
わたしは自(おの)ずから畏れと感謝のおもいが湧いてきて、
身に沁みるありがたさと嬉しさと、
そして、あまりにも尊い存在に対して、
自分の情けなさが恥ずかしくもあり、
もうしわけなさで涙がこぼれるような感覚をあじわったのだった、
わたしたちが住む3次元的な領域を超越した、なんとも言えない場のエネルギーがそこには存在していた、
大山祇神社
この神社が祀っている御祭神は、
わたしが住む葉山の総鎮守でもある森戸にある森戸大明神が祀っている主祭神でもあるオオヤマズミノミコトと呼ばれる神様の総本山で、
海の神でもあり、航海の神様でもあるだけでなく、山の神様でもある、
この瀬戸内海のほぼ中央に位置する大三島の大山祇神社が、葉山の総鎮守の神様の総本山というだけでも葉山との深い縁を感じるけども、
葉山との縁はそれだけじゃない、
昭和天皇がこよなく愛した和船「葉山丸」の話はわたしも聞いたことがある、
一色海岸の浜、御用邸前面の砂浜に置かれ、海が好きで葉山に頻繁に訪れていた昭和天皇が、芝崎や小磯などの葉山の海に漕ぎい出て様々な魚介類を採取して研究するために使われていたその木造の和船 " 葉山丸 " がこの大山祇神社の海事博物館(葉山丸記念館)に展示している、というのも葉山との深い縁を感じるのだ。(今回は参拝の時間が早朝すぎて見ることはできなかったが、わたしは14年まえの海からの巡礼の旅のときに見に行った)
かつてはかの有名な村上水軍が活躍した芸予諸島の島々の間を縫うように漕ぎ進むという、まさに古代の海賊を彷彿させるような気分で島と島が重なりあう狭い水路を漕ぎ進んだ、
明日の長距離航海に体力を備えるたに、こまかに交代を繰り返し、サポートや応援の子どもたちも含め、全員にその村上水軍の海賊たちのマナを感じて漕いでもらうことになった、
ボヤージングがスタートとして3日目、Day 3で初めて海を漕いだオハナも数人いた、それほどにボヤージングはサポートクルーのほうが重要で不可欠な役割なのだ、
そして、モアナとわたしたちが呼ぶ小学6年生とオピオと呼ぶ中学1年生の子どもたちも、この瀬戸内海ボヤージングをつなげるために漕いでくれた、
未来の地球をよりよい方向へとナビゲートするであろうボイジャーたち、
Manu O Ke Kai たちが、海人とつながり、
海神に手を合わせながら漕いでいる、
そんな姿を見るだけで、わたしの胸は高鳴り希望が湧いてくるのだ、
この子供らが漕ぐ姿をみるだけで、
愛と勇気がエネルギーとなり
前に進もう、
己の魂を燃焼するように漕ぎ続けよう
そんな気持ちにさせてくれる、
子どもたちは未来の地球を照らす光そのものだ、
ほんとに有難い。
9月22日
Day 3 《 50キロ》
大山祇神社参拝
大三島
①台(うてな)海水浴場
↓ 9キロ
大三島
盛海水浴場
↓ 8キロ
高根島
グランヴィレッジ瀬戸内しまなみ
↓ 8キロ
因島
小原水産 前
↓ 5キロ
因島
しまなみビーチ-小室海岸
↓ 20キロ
本州 小室浜海岸
沼名前神社参拝
古代から潮待ち港の鞆の浦の南にある砂浜
