30年所有したカメラを3分で手放した日のこと
こんにちは。減量中のぷふいです。
1995年、新宿のカメラ店。僕にとって人生の転機となったその年に、満を持して手に入れたフィルムカメラを、先日メルカリで手放しました。
いつだって素晴らしい描写で景色を切り取ってくれた、あの伝説的なドイツ銘柄の45mmと28mm、2本の単焦点レンズも添えて。
正直に言えば、売りたくなんてありませんでした。背に腹は代えられない事情があったとはいえ、出品ボタンを押す直前まで心が揺れていたのは事実です。
30年も前のプロダクトだというのに、チタンの冷ややかな質感を纏ったフォルムはどこまでも堅牢で、洗練されたデザインには一切の古臭さがありません。
電子式AFでありながら、手の中でカチリと応えてくれるレンジファインダーの味わい。標準の「プラナー」が魅せる空気感の質感や、「ビオゴン」の広角なのに歪みを感じさせない圧倒的な直線美。道具としての圧倒的な完成度を誇るその機体。
心のどこかで、高を括っていました。 「30年前のカメラだし、そう簡単には売れないだろう」 「もし売れ残ったら、それはそれで縁だ。またあのレンズの深い発色で、どこかの街を撮りに行こう」
手放してお金を作らなければいけない現実と、手放したくない理想。その相反する気持ちの免罪符として、「売れ残る」という未来にどこか期待していたのかもしれません。
しかし、現実はあまりにあっけないものでした。
出品を完了し、スマホを置き、一息入れようとコーヒーを淹れていた時。通知音が鳴りました。
購入通知。 出品から、わずか3分でした。
拍子抜けするほどの速さで成立してしまった取引。画面の中に表示された「SOLD」の文字を見つめながら、込み上げてきたのは複雑な感情でした。
「もっと高く売れたかもしれない」という話でもなく、「お金が入ってよかった」という安心感でもない。自分の大切にしてきた相棒とレンズの価値が、一瞬で他人に認められた誇らしさと、本当にいなくなってしまうのだという強烈な淋しさでした。
3分で売れたという事実は、私が愛したあのチタンのボディと最高のガラスたちが、30年の時を経てもなお、誰かにとって喉から手が出るほど魅力的であり続けている証明でもありました。
梱包を済ませ、箱の蓋を閉じる前、もう一度だけその鈍い光沢と金属の冷たさを手に残しました。
寂しさは消えません。けれど、あの美しい機体とレンズたちは、新しいオーナーのもとできっと、素晴らしい世界を切り取ってくれるはずです。
さようなら、私の相棒。
