次世代のモーツァルトのソリストたち第12巻
今晩は、アルファ・レーベルから7月17日にリリースされた「次世代のモーツァルトのソリスト達」のシリーズ第12巻を聴きます。
このシリーズはスイスのオルフェウム財団が世界中の優れた若手演奏家にモーツァルトのレコーディングの機会を与えるシリーズ。国際的に活躍する音楽家からなる芸術諮問委員会によって様々な観点から選んでいるとのこと。このシステムは話題を浚いがちな国際コンクールよりもいいシステムかも。
ブックレットには「モーツァルトを演奏することは、まるで鏡を見るようなものです。音程が正しいか、リズムやフレージング、テンポ、音楽性がどうか——すべてが明らかになるのです。これらすべてが一体となって生きたものにならなければならないのです。そしてそれは、モーツァルトが定めた枠組みの中で正確に表現されなければなりません」とありますがまさにその通りだと思います。
このシリーズ、すごく好きなんです。今、ウィーンの伝統的なモーツァルトってあまり聞けなくなってきたけれど、ウィーンやザルツブルグのオーケストラを使って、ハワード・グリフィスのような超ベテランの指揮ですごく純粋なモーツァルトの演奏が聴ける。そこには今流行りのhipの要素は少なめで(とは言っても要所要所には古楽の影響は感じられる時がありますが)、ずっと受け継がれてきた本場ならではのモーツァルトが、若くて純粋で、あまり知られていないけれど素晴らしく上手いソリストで聴ける。さらにアルファ・レーベルの録音もいつもながら優秀なのもいい。
指揮のハワード・グリフィスは、このオルフェウム財団で2023年まで芸術監督を務めていていて、とにかくレパートリーの広い人。1950年生まれだからもう75歳になられたのですね・・。この方の演奏は、ナクソスから出ているフィンジのクラリネット協奏曲や大好きな同じくフィンジの「エクローグ」で聴いてきた方。CPOレーベルからマニアックな古典派の録音を多数出しいますね。こういうメジャーじゃないけれど、隠れた名曲をうまくまとめてくれる指揮者、好きです。モーツァルトの演奏も超一流。
今回選ばれたのは、ヴァイオリンのヤン・ムラチェクとピアノのエヴレン・オゼル。どちらももう若手の中では飛び抜けた経歴の持ち主。
ヤン・ムラチェクは、チェコ出身で33歳。チェコ・フィルのコンサートマスター!さらに欧州連合ユース管弦楽団のコンサートマスターを務め、またベルリン・フィルハーモニー管弦楽団でもゲストコンマスを務めたという経歴。若手、といってもすでにすごい経歴。ただものではありません。クライスラー国際コンクール1位。ロブコヴィッツ・トリオのメンバーでこのトリオでブラームス・コンクール1位など輝かしい経歴です。使用ヴァイオリンはフィドゥラ財団から貸与されたニコロ・ガリアーノ製。
このアルバムではヴァイオリン協奏曲第2番KV.221を演奏しています。まずは冒頭のオーケストラの響きがいいですね。ウィーン放送交響楽団(ORF ラジオ・シンフォニーオーケストラ・ウィーン)の演奏。やはりウィーンのモーツァルト、っていう自負があるんだと思います。グリフィスの指揮もとてもいい。歯切れは良過ぎず、かといってもっさりしているのではなく、非常にバランスの取れたオケの音。非常にクリアで倍音が多く含まれている録音です。ヴィブラートは抑えめなのはHIPの影響が多少はありますね。ウィーンでありながらも決して古臭くないモーツァルト。
ムラチェクのヴァイオリン、落ち着いたテンポで明確なアーティキュレーションと、透き通っていながらも味の濃い音色で聴かせてくれます。ああ、こういうモーツァルトいいなぁ。俺の演奏聞いてくれ!っていう個性の強いメジャーな演奏家よりも、控えめでありながらモーツァルトのあるがままの音楽を聴かせてくれる。変に古楽的な鋭さも、ノンヴィブラートの縛りもない、音楽の美しさだけを聴かせてくれる演奏といったらいいでしょうか。
ムラチェクのコメントが載っています。
「モーツァルトは常に私の心にとても近い存在です。彼の音楽は、古典様式の厳格さの中での“シンプルさ”の象徴です。シンプルでありながら人を楽しませるその芸術性を保つことこそが、彼の協奏曲があらゆるオーディションやコンクールで演奏され続けている理由です。私の師匠はこう言っていました——『モーツァルトが弾ければ、何でも弾ける!』と。」
カデンツァはノルベルト・クバート作のモーツァルトの様式にあった奇を衒わないもの。第2楽章はやはり中庸さの中にしみじみとした歌を聴かせてくれます。第3楽章も安定した落ち着いたテンポ。安心して聴けます。
エヴレン・オゼルはアメリカのピアニスト。26歳。11歳でミネソタ管弦楽団と共演してデビュー、クリーブランド管など多くのオケと共演。そして今年の2025年ヴァン・クライバーン国際コンクールの第3位受賞!さらにモーツァルト協奏曲部門の最優秀賞も受賞しています。まさにこのアルバムにふさわしい若手ですね。
取り上げている協奏曲は第9番変ホ長調KV .271と第12番イ長調KV414。
エブレン・オゼルからのコメント。
「モーツァルトの作品は、他のどの作曲家よりも、ピアノを通して歌うことを可能にしてくれます。彼の音楽素材には特別な単純さがありながら、同時に非常に多様で複雑な感情や性格を表現するのです。協奏曲K.271は、その広大な音域と華麗な書法を通じて、オーケストラとソリストの力強さと勇気を際立たせています。一方、K.414はより自由で、演奏者がモーツァルトのより優しい側面を探求できる作品です。」
演奏の特徴はなんといってもピアノの音色。使用ピアノはベーゼンドルファーVC 280。久しぶりにベーゼンドルファーの音を聴きました。柔らかく木の香りがして金属的な音全くしない透明な音色。このシリーズではピアノは全てベーゼンドルファーを使用しています。さすがウィーンね。録音の影響もあるのですが、今までのシリーズに比べてさらに透明な音色。
9番って愛称はジュノム(若者)って言われてたけど、最近の研究でルイーズ・ヴィクトワール・ジュノミという商人の娘のために書いたということで、最近は「ジュノミ」っていう愛称で呼ばれるようになったそうな。知らなかった。
テンポは落ち着いていて決して走らない。そしてベーゼンのあの音色で透明なモーツァルトを聴かせてくれます。ふくよかでニュアンスに富んでいて、それでいて変な表情をつけないで、あるがままの美しさを聴かせてくれます。バックのオーケストラもとてもいい音出しています。この曲はウィーンじゃなくてザルツブルグで作曲された最後のピアノ協奏曲。アルフレート・アインシュタインによると、この曲がモーツァルトのピアノ作品の頂点って言っているそうな。へぇ。そう聞くとまた聴き方も変わってきそう。第2楽章がモーツァルトではレアな短調なのも特徴。この曲は名曲ですね、ピアノのソロ部分もそこはかとない哀しみが感じられます。オゼルの演奏は過度に感傷的にならないで、ピアノの柔らかい音色感を大切にしながら歌っていますね。古典的な形式感を保った演奏。第3楽章はもちろん活気のある楽章ですが、私は中間部のテンポを落とした優雅な部分がとても好き。この演奏も柔らかな音でノーブルな演奏。弦楽器群の伴奏もとても美しい。
12番のピアノ協奏曲はウィーン時代の作。この後続く有名なピアノコンチェルトの先駆け。調性はモーツァルトの作品の中でも名曲が多いイ長調で、好きなコンチェルトです。(まぁモーツァルトのピアノ協奏曲はどれも大好きなのですが)グリフィスの指揮は、フレーズを少し短めに切って演奏していて、このあたりは少し古楽の影響があるかも。この曲のピアノパートは、フレーズの中にある逆付点がとっても可愛い。オゼルはこの辺りを重くなりがちなベーゼンで透明な音色で軽々弾いています。細かい音や分散和音のアーティキュレーションの変化がとても上手。第2楽章のピアノは遅いテンポではないけれど瞑想的。オーケストラはアーティキュレーションを明確に出してムード音楽にならないようにしています。テンポは頑なまでに一定に保っていてその中でいかにニュアンスを出していくかを追求している演奏。いいですね。第3楽章も軽く楽しい雰囲気。ウィーン放送響はかなり低音を重視した音作りで、重くなりそうなんだけどそこをうまくコントロールしているのはグリフィスのおかげかな。オゼルはここでもモーツァルトの澄んだ音楽を濁りのない響きのピアノで弾いています。
ということで、爽やかな若い名演奏家による名演だと思います。こういう演奏ってモーツァルトの世代に近い若い人にしかできないのかも。いいモーツァルトを聴きました。
