ネットやめて手紙書きたい
今日は教習所で学科を2時間と技能3時間を連続で受けてきた。流石に後半から集中力が露骨に下がっていた。私の集中力は持って2時間までなので、もっと休憩が必要だった。
世界から猫が消えたならを読んだ。あらすじを読んですぐに即決の本だった。自分の似た姿の死神に明日死ぬと宣告された主人公が、世界から何かを消すことで、寿命を1日伸ばしてもらうという話。大切なものはなくなってからその重要性に気づくものだと思った。作中に携帯電話や時計を消す場面がある。それらを消すともちろん生活は不便になる。主人公もそれらが無くなったことで、人との待ち合わせもやっとだった。
私はこの本を読みながら、私が死神に提案されるのはインターネットかなと思った。私はだいたいいつもスマホとかpcでいつもネットに依存して生活している。というか無いと生きていけないのではとも思う。でも、インターネットは自分を幸せにしているかと言えば、NOである。小学生のときのインターネットはワクワクした。未知の洞窟に入ってお宝を探している感じ。だけど今は違う。SNSが発達したことで、自分と他者を比較する毎日。お宝なんてものはもうひとつも見つけられない。
人に連絡したかったらすぐに連絡できる。何なら他者の考えていること、経験していることをリアルタイムで覗く事ができる。ずっと他者とつながっているのである。
果たしてこれは良いことなのか。他者と関わることは楽しい。だけど、四六時中つながるのは疲れるし、常に評価されているようで息苦しい。インターネットが一般化しすぎて、ネットとリアルの境界線が曖昧になっている。世界が広がりすぎている。世界はそんなに広くある必要はない。ネットと現実は別れていてほしかった。強者はこの広がった世界を上手に世渡りし、自身のレベルを指数関数的に上げる。だけど、弱者にとってこの世界は広がりすぎた。もっと狭くてよかった。便利じゃなくてよかった。インターネットが発達して、便利になるほど、自分の無能さが際立ち、孤独だけが大きくなる。世界は大きく成長しているが、自分は成長しないままその世界に穂織り込まれているから。もしもこの世界が広がっていなければ、自分の弱さ、脆さも強制的に教えられることも無かった。インターネットはなくていいと思う。
インターネットが無かったら確かに不便。だけど、無い方が幸せだとおもうし、みんなもっと自分に向き合えると思う。
連絡は簡単には取れない。だけど、電話があるじゃないか。番号をいちいち入力してワクワクしながら連絡したい。何なら電話もなくて良い。手紙でいい。手紙ほど思いの詰まったコミュニケーションツールもないと思う。手紙を書いた経験なんて、小学生のときに年賀状を書くときぐらいであるけれど、それはすごく面倒だし時間がかかるものだった。だけど、楽しかった。その人への思いが大きくなる。自分の書く文字の綺麗さとか、文章構成力とかすべてが見られてしまうから。その手紙を投函して相手に届いて、その手紙を読んだときにどう思うだろうか、内容を見て思わず笑ってしまうのだろうか。とか考えながら書くのである。手紙が主流の時代が羨ましいと感じた。手紙はラインとかみたいに消えたりしない。物体として残るから。そのやり取りした手紙を重ねて、自分がその相手とどんなやりとりをしてきたとか思い出すんだろう。
今日は雨だったからちょっと体調すぐれなかったが、メンタルは普通、さっき若干ブレたが。
