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闘魂こめて大空へ!母の葬儀で、読売巨人軍の応援歌を流した話。


母を見送る日に、まさか読売巨人軍の応援歌が流れるとは思わなかった。

でも振り返れば、それ以上に母らしい送り方はなかった気がする。

少し笑えて、やっぱり泣ける葬儀のお話です。

2021年11月
闘病の末、母が亡くなった。

その日はセ・リーグのクライマックスシリーズ。

読売ジャイアンツが東京ヤクルトスワローズに敗れ、今シーズンの全日程を終えた夜だった。

巨人の敗戦とほぼ同じ時刻に、母は静かに息を引き取った。

なんとも母らしい最期だなと思った。

最後の最後まで巨人と一緒。そんな旅立ち方をする人もなかなかいない。

母は生涯、筋金入りの巨人ファンだった。

若い頃から長嶋茂雄に夢中で、
まさに「生涯、巨人」

シーズン中は20試合近く球場に通い、観戦して帰ってきたその試合をまた家で一杯やりながら朝方まで録画で見る。

試合だけでなく、選手の練習風景までG+で楽しそうに眺めていた。

晩年のお気に入りは坂本勇人選手。

観戦に行くときのユニフォームは決まって坂本勇人だった。

勝てば上機嫌。

負ければ監督采配に文句。

打てない日はテレビに向かってぼやき、ホームランが出れば拍手にオレンジタオルをブンブン回す。

我が家には、いつも巨人戦が流れていた。

そしてその中心には、いつも母がいた。

そんな母が亡くなり、葬儀社との打ち合わせで担当の方に聞かれた。

「お別れのときに流したい曲はありますか?」

最近は故人の好きだった音楽を流す人も多く、CDの持ち込みもできるという。

さて何にしようかと少し考えた。

演歌か。

歌謡曲か。

しんみりしたクラシックか。

けれど答えは驚くほどすぐに出た。

「……間違いなく、これしかない」

私が葬儀場に持ち込んだのは、「闘魂こめて」のCDだった。

読売巨人軍の応援歌。

まさか葬儀場で流れるとは誰も思わないであろう、あの応援歌である。

さらに式場の入り口、故人の思い出の品や写真を並べるコーナーには、坂本勇人のユニフォームやタオル、グッズが山のように並んだ。

遺影の母が、その巨人一色の空間を見て笑っているようにも思えた。

そしてお別れの時間。

静まり返った式場に『闘魂こめて』のイントロが流れ始めた。

その瞬間、親族の間からは何とも言えない空気が広がった。

泣いている。いや、肩を揺らして笑っている。

「お母さんらしいね」

「本当に最後まで巨人だね」

そんな声があちこちから聞こえた。

悲しい葬儀のはずなのに、みんな泣き笑いだった。

厳かな式場には本来似つかわしくないはずの応援歌。

それなのに、その日だけは不思議なくらいしっくりきた。

長嶋を追いかけ、巨人を追いかけ、

球場へ通い、録画を見返し、坂本のユニフォームを着て声援を送った母。

その人生のそばには、いつだって巨人があった。

ならば最後の見送りも、巨人と一緒でいい。

いや、巨人と一緒でなければ母らしくない。

『闘魂こめて』に送られて、まさに母は大空へ旅立っていった。

悲しくて、可笑しくて、寂しくて。

あんな葬儀はたぶん二度とない。

母がいなくなっても、テレビから巨人戦の音が聞こえると今でもふと思い出す。

「ああ、この場面できっと何か言ってるな」と。

人は亡くなっても、好きだったものの中にちゃんと残っているのかもしれない。

はじめまして。ぴとみ と申します。

本日(2026年4月26日)からnoteを始めることにしました!
4年前に亡くなった母と過ごした時間をただの思い出として終わらせるのではなく言葉として残したい。

母の死後4年経っても終わらない母娘関係を綴らせていただきたいと思います。

今後、X(旧twitter)・インスタにもアップしていきたいと思います!
勉強中の身で不慣れな点もありますが温かく見守っていただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。

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