他人の目を気にせず、書くということ
「発信者」という立場で
SNS発信を始めて
気付けば4年以上が経った。
今はYouTubeやInstagramで
自分の経験を当たり前のように
「誰かに」「何かを得てもらう」
そんなことを意識して語っている。
でも、ふと思い出した感情。
「私、エッセイ好きだったなぁ…」
このnoteは私が
「誰かに何かを届けたい」
そう思って人生で初めて
6年前に
公開ページに文章を綴る(自分を表現する)
スタートの場所だった。
ここから、
自分を表現することに慣れて
note→ブログ→Instagram→
スタンドFM→YouTube→Voicy
と色んな場所で
自分を表現できるようになった。
「発信したいけど、自信がない…」
6年前のあの頃に比べたら
そんな感情は1ミリももうない。
自分も成長したなぁ、とも思う。
だけど。
だけども。
媒体を増やして
広げれば広げるほど
抽象的な表現が増えた。
「どうやったら最後まで見てもらえるか」
「どうやったら伝わりやすいか」
そんな暗黙のSNSのルールに
静かに縛られるようになった。
そこから気付けば、
このnote自体を
「何かの宣伝」のために
使うようになっていた。
でも、ふと思い出した感情。
「誰が見てくれるなど関係なく、完璧じゃなくてもい。小さな感情の記録になるようなそんな文章を書きたい。」
そう思って、ここに戻ってきてみた。
(まぁ、結局公開ページだから誰かが見てくれるのを期待して書いてはいるんだけど笑)
これからここでは
「実用的」「完璧」から離れて、
「1人の私」としての
「経験や体験」を書き綴りたい。
そして、なぜこのタイミングなのかというのは
今月末からワーキングホリデーで
オーストラリアへ行くので、
そこで感じた気持ちをぜひここに残していきたい。
この時代に、
あえてAIは使わず
「わたしのコトバ」で
不完全な、でも、ありのままな
生きた文章を残そうと思う。
そして、
そんなありのままの自分を
受容する場所に。
