信号機ぶどう味【毎週ショートショートnote】
遠足のおやつに、ガムを買った。三つのうち一つだけすっぱいやつ。おやつを交換する約束をした二人を驚かせるつもりだった。
ところが、たっちゃんもけんちゃんも同じガムを持ってきた。
僕はソーダ、二人はレモンとブドウ。
けんちゃんは、まだ食べてもいないのにすっぱそうな顔をしていた。
一つずつ交換すると、青、黄色、赤紫がそろった。
「信号みたいだね」とみんなで笑った。
三人で青から食べた。僕だけ、耳の下がきゅうっとなった。
びっくりしたことに、次の黄色まですっぱかった。
「ガムの天才じゃん!」
のたうち回っているときに褒められてもうれしくなかった。
僕は最後の赤をつまんだ。
「コンプしてくれ」
「全然あるよ」
二人は期待に満ちた目をしていた。
覚悟してかむと、甘いブドウの味がした。
二人は僕の表情を見てから、ふと真顔になって自分の赤を見つめた。
***
帰り道、歩行者信号に止められた。
立ち止まったまま車道のほうを見ると、口の中でほんのりブドウの味がした。
「ブドウだ」
「止まれ、だよ」
いつもは早く青になれと思うけれど、今日はもう少し、このまま待っていてもよかった。
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遠足のお菓子は五百円まで。
たとえば、お菓子をだれかと交換したとして、手元のお菓子が五百円分を超えてしまったら怒られるんだろうか。
お母さんに聞くと、
「買うときのルールなんだから、怒られないでしょ」
と言われた。
なんだかとても楽しいいたずらを思いつきそうだったけれど、結局そんな気がしただけだった。
でも、なんとなくいたずらをしたい気持ちだけが残ったから、僕はソーダ味のガムを買った。
三つ入っていて、一つだけものすごくすっぱいやつだ。
まさか友達と交換するお菓子にはずれが入っているなんて、たっちゃんとけんちゃんは思いつきもしないだろう。
*
「約束してたお菓子、交換しようよ」
お弁当のあと、僕がにやにやしながらガムを出した。
「あ」
「あ」
たっちゃんとけんちゃんはそろって同じ声を上げて、リュックを漁った。
「あ」
僕のはソーダ。
たっちゃんのはレモン。
けんちゃんのはブドウ。
「なんで同じこと考えるのかなぁ」
「俺に言われても」
「悔しい」
けんちゃんは、まだはずれを引いたわけでもないのにすっぱそうな顔をしていた。
一人が一つずつ配っていくと、それぞれの手の中のトレーに、青と黄色と赤紫のガムがそろった。
「あ」
たっちゃんがなにかに気づいて、ガムを並び替えた。
「信号」
ぼくとけんちゃんは、そろって「おおー」と拍手した。
「あれ、でも赤と青が逆じゃない?」
「そうだっけ」
「帰りに見ればいっか」
そういうことになった。
「おれ、ソーダから」
たっちゃんが青をつまんだ。
「じゃあ、おれも」
けんちゃんは青を口に放り込んだ。
「それなら、おれも」
ぼくもそれに続いた。
二回かんだところで、耳の下がきゅうっとなった。思わず声を漏らして、膝を叩いた。
「あたり!」
たっちゃんが僕を指さした。
ちっともうれしくない。何か言おうとしたけれど、つばばかり出た。けんちゃんは笑いながら、口元で青い風船を膨らませようとしていた。そういうガムじゃないからうまく膨らんでいなかった。
しばらくすると、ガムはふつうに甘くなった。
僕は口の中のガムを包装の中に吐き出して、次の黄をつまんだ。
「さすがに連続はないでしょ」
そう言って、口へ入れた。
今度は三回かんだところで、また耳の下がきゅうっとなった。
ソーダだとかレモンだとか、もうあまり関係なかった。どっちもおなじ味だ。
僕がのたうち回っていると、二人がさっきより大きな声で笑った。
「こうすけ、すげぇ! ガムの天才じゃん」
けんちゃんが叫ぶと、たっちゃんは腰を浮かせて言った。
「あと一個でコンプリートだ!」
僕は、最後の赤を見た。
「あるよ」
たっちゃんが言った。
「ぜんぜん、ある」
けんちゃんも言った。
赤いガムを指で転がした。丸くて、つるつるしていて、どこから見ても中身の様子はわからなかった。
「半分ちぎってあげようか」
「やだ」
「いらない」
こういうときは、二人とも返事が早かった。
先生が、あと五分で片づけてくださーい、と言った。
僕は、またレモンのガムを吐き出して、水筒のお茶を飲んだ。なんだか変な味がした。
覚悟を決めて、赤いガムを口に入れた。
一回。
二回。
三回。
二人が僕の顔をのぞきこんだ。
もう一回、かんだ。
ブドウだった。
甘いブドウだった。
「どう?」
「すっぱくない」
二人は、なんだ、と言って、何かにふと気づいたように、自分の手元の赤いガムをそれぞれまじまじ見つめ始めた。
僕は、酸っぱいフリをしなかったことに気づいて、ちょっと悔しかった。
*
帰りは、学校まで歩いた。
朝はあんなに遠くの景色まで見えていたのに、今は前を歩くけんちゃんの靴ばかりが視界に入っていた。
突然、列が止まった。
「赤、やっぱり右だったね」
隣でたっちゃんが言った。
顔を起こすと、車道の上、一番右側で赤色が光っていた。
なぜか、ほんのりブドウの味がした。
「ブドウだ」
僕が言うと、
「止まれだよ」
けんちゃんが言った。
いつもは、早く青になれと思うけれど、今日はもう少しこのまま待っていてもいい気がした。
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