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この山を見よ

本は買って読む派だ。

すると、家の中の本が増える。

先日、貸し棚書店をやっているカクカクブックスさんに、納品に出かけたときのこと。
本は買わないつもりだったが、次々と魅力的なタイトルが目に入る。
買う、買わない、心の中で葛藤する。

そんなとき、「この山を見よ」と帯の言葉が目に飛び込んできた。



『積ん読の本』だった。
今の自分にピッタリだなと、この一冊を手にした。

読んだらスッとした。
自分の積ん読に対する罪悪感なんて、大したことないなと思えた。

ここで紹介されている積ん読名人の方々の山が富士山だとしたら、うちの山なんて近所の公園のお山だ。

高い山をもつ著名人は、読み方のスタイルもそれぞれだった。
仕事で読むのと趣味で読む本、その場にないと、紙でないと困る本。そして本をデータ化している人もいて、積ん読の山はなかなか奥深かった。

辻山良雄さんの「自分がよいと思ったものを、積ん読は内包している」という言葉に深く頷いた。
本と出会った瞬間のときめき、それが続くかどうかはわからないけれど、山は思いが積み上がったものなのだ。

管啓次郎さんの、同名の著書もある「本は読めないものだから心配するな」には、クスッとなりながら、積ん読は今すぐ読めなくてもいいんだと、楽しくなってくる。

読了だけが目的じゃなく、あの本の一節何だっけ?をきっかけに本を開くのも、山の楽しみだと思った。

とはいえ、うちの積ん読は減らしたい。
話題作でも心が動かなかったら本は売るが、読後は手放したくない本の方が多い。
手放したくないけれど誰かに読んでほしいものは、思い切って貸し棚書店に並べることもある。

そして、うちに積ん読の山ができるもう一つの原因は、読むのが大変遅いことにある。
読み終えないうちに、次の本が気になって、2、3冊同時進行なんてことはよくある。

そんなわけで長編はあまり買わない。
それでも気になって、久しぶりに地元の図書館で借りて読んだ。
図書館がいいのは、無料なだけでなく、期限があるから読み切れるところだ。

『天使も踏むを畏れるところ』を、ひと月かけてようやく上下巻読み終えた。

実在の人物をもとに書かれたフィクションだが、ほぼ事実のように読んだ。
皇室のオクとオモテ、官僚の世界、そして新宮殿を設計した建築家村井俊輔。
戦前から戦後まで、激動の昭和の象徴的なところがリアリティをもって描かれる。

できることなら皇居宮殿を見て、感じてみたくなった。

今追っかけで夫が読んでいる下巻も、間もなく返却期限だ。
うちの山に加えられないのが、残念だ。
文庫化されたら、もう一度買って読みたくなりそうだ。

今朝の山を見上げて(実際は見下ろしているが)、どの世界に没入しようか考える。
本の中で、心はいつも自由だ。

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御手洗 育/暮らしのエッセイスト もしもあなたの心が動いたら、サポートいただけると嬉しいです。 書き手よし、読み手よし、noteよし、そんな三方よしのために使わせていただきます。