奇妙でせつない物語から今と未来を見通す
1994年8月27日、32年前の今日。個人的に思い入れのあるテレビゲームが世に生まれ落ちた。32年前に発売された懐かしい作品を懐古的に振り返ってみるも、あの頃の記憶は全く色褪せていない。それどころか鮮明に蘇ってくることに驚いてしまう。
任天堂の『MOTHER2』は、そんな不思議な物語だ。
誰にも侵略されない時間的聖域
テレビゲーム機は私の家には無かったけれど、同じ生駒市内、同じ町内に独りで住む母方の祖父の家に置いてあった。そして都合の良いことに、祖父の家は自宅と学校の間にある。
当時小学生だった私は学校帰りに祖父の家でまったりと過ごし、日が暮れお腹が空いた頃に迎えに来る母と一緒に家に帰った。
祖父の家の冷蔵庫の中には、いつだってロッテのチョコパイと森永乳業のピクニックコーヒーが常備されていた。自転車を漕いで買い物に行く祖父が、これを口にすることはない。
あの頃のピクニックドリンクの容器はブリックパック型で、コーヒーなんて言ったって中身はもちろんコーヒー牛乳だ。今は見かけることのない記憶の中の四角い容器は、銭湯のコーヒー牛乳瓶よりもノスタルジーを感じるシロモノだ。
祖父の家に居て学校の宿題をやったことなんて一度もない。
やれと言われたことだって一度もない。
だから祖父の家で過ごした日々は、誰にも侵略されずに物語に没頭できる、私にとっての時間的聖域でもあった。
この記事は連携運用している『綺世界探訪』で綴った「32年前のノスタルジー|原色回顧録」と重複する内容を含みますが、『生駒谷暮らしの研究室』のために書き下ろした内容です。
奇妙でせつない、ヘンテコなテレビゲーム
深夜、裏山に隕石が落ちてきて、宇宙からやってきたカブトムシと対話するところから始まるヘンテコなゲーム『MOTHER2』は、テレビCMも謎めいていた。
「マーザーツー……、マーザツー」
喫茶店で周囲の客たちが一斉に歌い始める。そこに居合わせ、突然の出来事に戸惑う幼稚園児とキムタクも「俺たちも歌おう」と二人して合唱に混ざる。それだけだ。(当時の私はキムタクが何者かを認識しておらず、大人になってから、あれはキムタクだったのだと知った)
CMの最後に表示される『MOTHER2 ギーグの逆襲』というタイトルに任天堂と付されていることで、かろうじて新しいゲームのタイトルなのだろうと察することはできる。
印象付けたい物事を繰り返す。そのセオリー以外の一切を排して、すべてを謎にてラッピングされた、完成度の高い引き算の表現は今思えば巧みだ。

ゲームボーイミクロ&のちに発売されたゲームボーイアドバンス用のソフト
発売当時の定価は9,800円。1994年当時はまだ消費税率が3%で、結局自分がいくら支払うかを計算するためにも算術は必要な能力だった。
あの頃のお小遣いとお年玉の貯金も合わせて何とかして手に入れたんだと思う。もしかしたら学校のテストで満点を取るとか、親とのそういった交渉で融資を得たのかも知れない。当時はそうした現実的なやりくりもまた、私にとってはある種のゲームみたいなものだったから。
中身不明の謎めいた赤いパッケージのために、何故あれほど必死になったのかは分からないが、開けてみた扉の先にあったのは、奇妙でせつない、それでいてどこかリアリティに溢れる世界だった。
16ビットに詰め込まれたもの
1983年に任天堂から発売された8ビットのファミコンに続き、1990年には16ビットのスーパーファミコンが登場した。いずれもテレビに接続してプレイする家庭用ゲーム機である。
これは当時のコンピュータの表現系の一つだった。
「ビット」とはコンピュータが処理する情報単位のことで、その大きさによってコンピュータの表現力の幅が決まる。1990年代はコンピュータの表現力が8ビットから16ビットへと花開き、時を置かずして32ビットの鮮やかなグラフィックの世界を迎え入れた時代だった。
そして過ぎ去りしドット絵に郷愁を抱くという切なさを抱いた。
コンピュータ豆知識
1バイト=8ビット
1ビット=0か1の2通り
8ビット=2の8乗=256通り(ファミコン)
16ビット=2の16乗=65,536通り(スーパーファミコン)
32ビット=2の32乗=およそ42億通り(プレステ、セガサターン、etc)
ファミコン用ゲームソフト『MOTHER』に続き、『MOTHER2』はスーパーファミコン上で動作するゲームソフトとしてリリース(のちにゲームアドバンス用のソフトとしてリニューアル)された。
そこにあったのは広大なマップとどこか見覚えのある街、つまりは地球を歩くという体験で、ユニークで奇妙なテキストと憎めないキャラクターたちに溢れていた。

MOTHER2 CAST ヌメ革型押しver.
そしてこだわりのサウンドがより一層臨場感を掻き立ててくれた。
過去から現在、そして未来を見通す「うてな」
1990年代に子供時代を過ごした世代は、後に続く目まぐるしい進化と淘汰により変化し続ける世界を生き抜くことになる。激動の変化の時代、つまりは平成の世、そして令和の時代である。けれどもそのような複雑な世界を、実は『MOTHER2』で予習していたとも言える。
世の中とは不条理なもので、救えるものと救いようのないものがある。
それが奇妙で切ない『MOTHER2』の本質だったようにも思う。社会に出るよりもずっと前の子供の頃から、そんな世界と向き合ってきたのだ。
ぐらつく不安定な階段を登りながら大人になったからこそ、私たちの世代は変化にはめっぽう強い。だって、「そもそも世の中はそーゆうもの」なんだもの。世の中ってのは、次々に進化する生き物みたいなもの。
だから世の中がさらに加速しながら変化し続けていても、『MOTHER2』の感覚に立ち返って世の中を眺めることができる。それは過去を顧みて、現在と向き合い、逆風がギャンギャン吹き荒れる中をよじ登って、未来を見通すことができる「うてな」に立つようなものだ。
等身大が散りばめられた物語
『MOTHER2』は老若男女、そしてどの世代がいつの時代にプレイしても、時を超えて響くであろう不思議なテレビゲームである。
けれど同世代のプレイヤーへの『MOTHER2』のブッ刺さり方は、生半可なものじゃない気がしている。最後には祈るしかないあの場所で、見知らぬ少年少女の背中を思って祈った。あの不条理な世界の当事者として、子供の視点でそこに立っていたのだから。
大人になって、金に物を言わせて丸い地球を旅するのとはわけが違う。
12歳だった貴方自身を振り返って、AIもスマートフォンもないあの時代に、子供だけでリアルに地球を一周するってどんなだかを想像してみて欲しい。
時におかーさんの得意料理が恋しくなったり、忙しくてほとんど家に居ないおとーさんに電話で旅の報告をしたり。旅の思い出は事あるごとに、颯爽と風のように現れる天才写真家が撮ってくれる。
あれは壮大な修学旅行で、陰ながら地球を救うための長い旅だったのだ。
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