本人でなければ意味がない
普段、友達と何気ない会話をしている中でよく出てくるキーワード。
「本人じゃないよね」。
そう、本人でなければ意味がない。
会話の中で気づいた
「本人でなければ意味がない」。という言葉で最近使ったものといえば、美術館についてでした。
国内にある某美術館が綺麗であるという話が出ているのを見て、友達がこう話しました。
「あれ、ヨーロッパのレプリカだよね。本物でなければ意味がない」。
本物でなければ、本人でなければ。
本当に。私もそう思うのです。
例を挙げる
例えばどのような時にそういったことを感じるのかということについて。
私の場合はまた美術館の話になります。
展示作品に対して、よく解説が書かれていますよね。
あれはほとんど読みません。
私の場合、間で文字を読んでいくとなると作品から気が逸れてしまうというのもありますが、描いた本人が説明した文ではないという点が大きいです。
歴史など作品に直接関係がないものや、作品の捉え方が変わってしまうようなものでなければ読みます。
例えば考えてみてみてください。
自分が描いた作品に対して、知らぬ人が自分と考えていることが異なる解説を添えている可能性があるのです。
私としては困る。はっきり言いますが嫌です。
この前、某漫画を全巻まとめ買いしようと調べていたところ、カラー版というのが発売されていました。
しかし、そのカラーは他の人が着色したものでした。
なぜ本人が着色しなかったのでしょうか?出版社が提案して発売することになったのだろうか。
咎める気は無い
「なぜあんなことをしたのか」。と言って、咎める気はありません。
作品でも建物でもレプリカでも何でも、仕上がって世に出ている時点でもうそれはその姿です。
きっと、こういうところで価値観の違いが生まれるのだと思います。
「本人でなければ意味がない」。と言ったら「それくらいいいじゃん、大人になりなよ」。と言われると、その人と長く仲良くやっていく自信はなく、難しいですね。(※もしかしたら私自身、過去にそう言われた経験があるのかもしれません)。
ただ昔、あることがきっかけでよりその傾向が強くなっていったような気がします。
大きな作品展があったのですが、作品の最後に押す印を上の人に任せたら、その印が斜めになっていたことが理由で賞を落とした人を見たことがあり、その時に強く思ったのです。
極力、他人に任せない方がいい。
失敗も自分のものにした方がいい。
本人でなければ意味がない。
自分が全てやったということで、納得したい。
...そう考えているうちに、
“失敗してもいいから、自分らしさを持っていていいのだ”と思えるような気がしてきませんか?
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