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好きなことを後回しにする癖は、人生そのものを後回しにしてしまう。


忙しい時こそ、好きなことをする。

未来の自分が「やりたかった」と言わないために。



「忙しい時こそ、好きなことをしよう」って言葉、
聞いたことありますか?

正直、ちょっと聞いてられないぐらい忙しいですよね。


だって、忙しいんですよ。(2回目)
本当に、忙しくて。
子どもが生まれてからというもの、時間って秒で蒸発するんです。


洗濯機が回ってるあいだに部屋の掃除しちゃおうと、掃除機取って戻ってきたら、子どもがティッシュで雪を降らせてる。
息子が小さかった頃は、そんなこともありました。



そんなふうに毎日を雪かきしてるうちに、
「自分の好きなこと」って、どこに置いてきたんだっけ?って思うことがあります。



私の場合、置いてきたことは、読書です。
ハウツー本じゃないほうの読書というのかな。文学にあたるものを読む時間が取れていないなぁ、って。


本を読む時間があるだけで、
少しだけ世界が広がる気がする。
でも、忙しさの中ではそれすら贅沢に感じてしまっていました。そんな時間があるなら、知識系の本を読もうって。



「時間ができたら読もう」「落ち着いたら読もう」って思っていたけれど、
落ち着く日なんて、一向に来ない。



だからある日、気づいたんです。
「暇になったらやる」って言いながら、このまま一生暇にならないんじゃないか、と。



それに気付いてからの私は、
忙しい中でも読書を儀式化するようにしました。
お気に入りのカップにコーヒーを淹れて、
ながら読みじゃなくて、ちゃんと読書だけ、
もちろんゆっくり座って読む。

ほんの30分でも、「ああ、これは私の時間だな」って思えるんです。


その時間があるだけで、
忙しさに飲み込まれずに、自分の輪郭を取り戻せる。



「時間ができたらやる」って言うけれど、
じゃあ忙しい時期が終わるのって、いつなんでしょう?


子どもが巣立ったら?
親の介護が落ち着いたら?
定年退職したら?


……たぶん、その頃には体力も気力も変わっている。
「好きなことって何だったっけ?」って、思い出せなくなっているかもしれない。
「楽しむ筋肉」って、使わないと衰えるんです。



親戚のおばあちゃんが、昔こんなことを言っていました。
「本当は着付けの先生になりたかった。でも子育てが大変でできなかったのよ」
その時、おばあちゃんの子どもはすでにおじさんでした。
つまり、もう自由な時間はあったはず。

「今ならできるじゃん」と心の中で思ってしまって。
でもおばあちゃんは、「私が死んだら棺桶に師範の賞状を入れてね」と言った。

……その賞状、今すぐ握って立ち上がってほしかった。


だって、生きてるうちにやってこそ意味があるから。
結局その賞状は、本当に棺桶に入れられたそうだけど、
それを聞いたとき、「入れないほうがよかったのにな」と思ってしまいました。
天国でも「やりたかったなぁ」って言ってそうで。



「やりたかったのにできなかった」って、ずっと残ると思うんですよね。
しかも、その原因を他人のせいにしやすくなる。
「子育てがあったから」「夫のせいで」「仕事が忙しくて」って。

そうやって「誰かのせい」のまま人生を終えるのは、ちょっと、いやだなって思ったんです。


だから私は、忙しい時こそ好きなことをする。
自分の時間を確保することで、他責じゃなく、自分の人生に責任を持てる気がする。



好きなことをする時間は、贅沢じゃない。
未来の自分に「よくやったね」と言ってもらうための、今の自分への義務です。


今日もほんの30分、
コーヒーを淹れて、本を開きます。
私が私でいられる、その瞬間のために。



今回もご覧いただきありがとうございました。
平凡な主婦ですが、少しずつ楽に生きられるようになっていて、そのコツをシェアしています。

この記事では、時間も体力も若い頃より少なくなってきた私が、何かを成し遂げたいと思っている今必要なマインドをシェアしています。
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