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転生監査機関《RAC》CASE.032

「作戦会議」



「て、いうのが今回のターゲット――ロザリア・ディ・エルヴァニスの概要っスねぇ」
「クズ!」
「クズだ!」
「…………クズだな」

 宝国の壁外、国全体を見渡せる丘。
 中央にこれでもかと鎮座するドン・クライム城を眺めながら、特殊第六執行部隊の三人――ドゥーとイン、ヨウがミラの補足説明を聞いていた。

 結果は満場一致のクズ判定。
 イヤホンの奥で缶ビールを開ける音がしたことから、カイも今回の転生者に思うところがあるらしい。
 インヨウ兄妹はぷんぷんと子供のように怒り、小さく地団駄を踏んでいる。

 これが事実だとすれば相当な胸糞案件だ。
 第六部隊全員が気分を害しているのは大いに理解できる。
 だがドゥーの中には、怒りよりも疑念の感情の方が強く渦巻いていた。

(『アブソリュート・ラブ』……絶対の愛、か)
 

 ロザリアの恩寵ギフト――『アブソリュート・ラブ』

 対象と■■■することで相手の記憶と認識を改竄し、あたかも自分が対象の最愛の人であるかのように洗脳することができる。
 発動条件だけ見れば、最上位存在たちが警戒するほどの代物には思えない。
 だが、恐ろしいのは洗脳後だという。

「洗脳された者は身体能力が超強化されるっス。しかもロザリアからの寵愛を受け取った分だけ無限にパワーアップするみたいで……巨大化しないケイン・アッキネンを無制限に量産できる感じの認識でお願いしますッス」
「……最後の例えは聞かなかったことにするからな」

 耳を塞ぎたくなるような情報だが、ミラの言うことは概ね正しい。
 『アブソリュート・ラブ』の真髄は、そのバフ効果にある。
 
 洗脳された者はロザリアへの愛の深さに応じて身体能力が増強されるのだ。
 体は鋼のごとく硬化し、傷は瞬時に塞がり、痛みや疲労すら忘れ、愛する主の怨敵を屠らんとひたすら突進を敢行する。
 ミラの例えは的を射ていた。
 巨大化という要素を省いた無数のケインが、サイボーグのごとく一斉に押し寄せてくるのと同義である。

 ユリス曰く、これは洗脳という名の「最強の魅了」。
 最上位存在の一柱――アフロディーテ神のそれに匹敵する代物だという。
 野放しにすれば、この世界全体が悪鬼羅刹に埋め尽くされる。
 それが今回、ドゥーたちが馳せ参じた理由なのだ。

(…………また、愛か)

 ドゥーの頭の中には、二つ前のターゲット――ケイン・アッキネン、いやサトウ・ケンジの最後の言葉が反復して響いていた。

 ――誰かにちゃんと愛してほしかった。

 呪いにも似た、悲鳴のような絶命の句。
 それが頭からこびりついて離れない。

 その上、工藤・旭の過去を知ったことで、インヨウ兄妹のように心の底から怒ることもできなかった。

(前回といい今回といい、こんな馬鹿げた力がこいつらに……)

 恩寵ギフトとは本来、輪廻庁サンサーラ・エージェンシーの天恵運用課が議論の末に転生者へ付与するものだが、その力の詳細は転生者自身の潜在的な渇望に依存する。
 授けるのはあくまできっかけ。その本質を決めるのは、いつでも転生者本人なのだ。

 ゆえにケイン・アッキネンの劣等の略奪マイナースナッチ、そして本ターゲットの『アブソリュート・ラブ』は、彼らが望んで引き寄せた力と言っても過言ではない。
 であれば、いったい過去に何があればこのような力を渇望するのか――という疑念が、ドゥーの中に澱のように沈殿する。

 大いなる力は、相応の器にもたらされる。
 第六の面々も英傑だった過去を持つはずだ。
 ならば、何故このような“外れ値”が現れるのか。何故最上位存在たちはそれを予見できなかったのか。何故それが繰り返されるのか。

 果たして自分たちが行う「執行」という処理は、本当に適切なのか。
 『アバドン』を宿した自分は、何を願ったのか。

 いくつもの雑念に頭を揺さぶられていると、横からインに尻をはたかれた。

「何ぼーっとしてんだ」
「す、すみません。イン先輩」
「ちょっと~、今回もアタシ昇進がかかってるかもしれないんスから、しゃきっとしてほしいッスねぇ~!」

 ミラの戯言は置いておき、ドゥーは即座に頭を切り替える。
 そもそも前回昇進できなかったのは自業自得である。

 転生者がどのようなルーツを持つにせよ、現実に被害を被っている者がいる。
 まずはその人々を救わねばならないと、そう自分へ言い聞かせた。

「今回の任務は、殲滅というより暗殺に近いということか」
「ぶっちゃけ、それが一番コスパ良いッスね」

 報告によれば、ロザリア自体の戦闘力は皆無。
 監視の目を掻い潜り、ロザリアの首を掻き切ればそれで済むはずだ。
 しかし一つ、懸念が残る。

「ターゲットが死亡した場合、洗脳された者――たしかなんたらプリンスだったか? そいつらはどうなる」
「『ルーンプリンス』っスね。えーと……ちょっとお待ちを」

 数秒のカタカタ音の後、ミラの声が届く。

「残念ながら不明ッスねぇ……というか『アブソリュート・ラブ』の能力自体、不明点が多いッス。なので、そこは臨機応変に対応してください」
「……そうか」

 最良の展開は、ターゲット死亡と同時に能力が解除されることだ。
 だが、万が一そうでなかった場合、怒り狂う暴徒と化した超人を300名近く野へ放つことになる。
 それは到底任務成功とは言えないだろう。

 ゆえに採るべき手段は一つだけだ。

「殲滅、殲滅」

 ヨーが淡々とした口調で呟く。

「殲滅……ですか」
「そそ、せんめつせんめつ」

 今回ドゥーには、『アバドン・システム』使用禁止という制約がある。
 そしてインとヨーは急遽一時的に職種を異動してきた下級執行官であるため、恩寵ギフトの類は持ち合わせていない。

 つまり最悪の場合、恩寵ギフト無しの三人で、300人のケイン・アッキネンを一人残らず葬り尽くさねばならないのだ。
 果たしてそれが可能なのかと、ドゥーは少々気が重くなる。

「安心しなよ、ドゥー。こう見えてボクたちは結構強いんだぞぉー?」
「そうだぞ、ドゥー。後輩のオマエはオイラたち先輩の背中でも眺めとけ!」

 自信満々な様子で、二人ともドゥーの尻をぺしぺし叩く。
 その様子を察したカイが、ドゥーへ補足を入れた。

「大丈夫よドゥー。その子達、見た目は子供だけど中身は歴戦の戦士……第六の中ではヘパーと私に次ぐ古株よ。それに――」
「大丈夫です。分かっています。俺は俺の仕事を果たします」

 
「そう……じゃあ作戦会議に入りましょ。ミラ」
「あいあい」

 ミラがボタンを押すと、三人の左腕のガントレットからホログラムが映し出される。
 それは宝国の概略図。
 ドン・クライム城を中心に、ミラが解析したセレスティア宝統府の地図が立体図形としてマッピングされていた。

「地図なんてあったんですね」
「いえ、ついさっきまで無かったわよ?」
「……?」

「これはミラが今、アナタたちの現在地を中心に半径5kmに及ぶ空間を解析し、立体マップとして処理したものよ。正直、この短時間で行うのは神業としか言いようがないわ」
「えへへ、褒めるなら褒め言葉よりも金が欲しいッス、ごぼば」

 調子に乗ったミラの口に何かが押し込まれる音がした。

 しかし実際、この地図を短時間で構築したのは驚嘆すべき業だ。
 地下水路や建物一つ一つの内部構造が精緻に再現されており、ミラが第六に配属された恩恵をドゥーは改めて享受していた。
 ただし人物の個別特定はまだ難しいらしく、ロザリアの現在地は依然として不明だった。

「全く……ミラの解析によるとターゲットはここ。宝国全体を見下ろせる高台の屋敷を根城にしているわ」
「屋敷っていうか城じゃん」
「でかーい」

 インヨウの反応通り、ロザリアの屋敷はかなり巨大だ。
 高さだけならドン・クライム城を凌駕しており、ターゲットの自己顕示の強さを体現しているかのようだった。
 それが王に黙認されているというのも、中々に不気味な話ではある。

「セレスティア宝統府は堅牢の一言ね。警備は極めて厳重で、高頻度で警備隊が城壁を巡回しているわ」
「……ふへへ、それに加えてロザリア城はさらに高い頻度でプリンスたちが警備しまわってまふ」
(まふ?)
(まふ?)
(まふ?)

「しかも均等に隙間なく配置されてるッス、げふ。侵入はおろかロザリアの居場所すら掴めんス。ガチ無理隠密ゲー案件、クソゲーでふ。うぷ」
(酔ってんじゃねーか)

 酒が回っているのか、口調がたどたどしくなったミラ。
 慌てたカイが助け舟を出した。

「だ、だからここからは現地調査……あなたたちは商人に成りすまして侵入してちょうだい」
「成りすまし……商人?」

 忘れがちだが、今回はドゥーにとって3度目の出動。
 いわばまだ新人である。

 目標の排除だけなら、切り札たる『アバドン・システム』があるため問題はない。
 だがそこへ隠密と侵入という繊細な要素が加わると、一気に難度が跳ね上がる。

 厄介だ――とインヨウ兄妹をちらりと見ると、二人も微妙な顔をしており、ドゥーの懸念が本格的に膨らみ始める。

「大丈夫よ三人とも。そのためのVABO製装備なんだから」
FREYAフレイヤ……ですか」

 FREYAは前回、そして前々回の任務で、ドゥーが『アバドン・システム』を未調整で使用したのが原因で、本来の半分も機能していなかった。
 今回はその全容を使い尽くすことができる――というのがカイの言う勝算らしい。

 支給されたVABO製のブレードは容易く粉々に砕け散ったのだが、とドゥーは心の中で不満を漏らす。
 そしてそれを口にすれば、最上位存在たちから扱いが悪いだの、我らを愚弄するのかだのと小言が飛んでくる。
 実際、報告書を提出した際、ANUBISの考案者であるアヌビス神が露骨に不快そうな顔をしていたのを覚えている。
 性能はともかく、何かと仕様が厄介なのだ。VABO製は。

 はぁ、と息をつく。

 三人は足取り重く、セレスティア宝統府への侵入を試みるのであった。

 

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 ――報告。
 地球時間012240ZFEB25
 
 特殊第六執行部隊・準上級執行官ドゥー及び下級執行官インとヨーの行動開始を確認。
 セレスティア宝統府への侵入及び、本ターゲットである『ロザリア・ディ・エルヴァニス』――前名『カイヅカ・ホノカ』の排除を最優先とし行動されたし。

 
 追記:最上位存在が一柱――アフロディーテ神より報告が一通。

「ちょっとぉ~なんで隠すのよ~! 転生者ちゃんの■■■やら■■■■が書いてあるところ全部閲覧規制かかってるじゃなぁ~い!! お願いだから外して♡ ね?♡ 今度良いことしてあげるわ♡ だからお願いお願いお願いお願いお――」

 
 要請は却下。
 後に何者かによる輪廻庁システムへの侵入を確認。即刻情報封鎖を敢行、特殊第六執行部隊のデータバンクセキュリティを一時的にレッドへ設定。
 輪廻庁長官ブッタ神の指示により、アフロディーテ神の以後地球時間300年間の輪廻庁への立ち入りを制限。

 以上。

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