0239 頼朝、家康ともに勝利祈願成就、東京最古最強「浅草寺」(東京都)
浅草寺のご利益
開運・運気上昇、諸願成就、商売繁盛、社運隆昌・事業発展、勝負運、縁結び、恋愛運、安産、子授け・子宝、子育て・育児、家内安全、家庭・夫婦円満、子孫繁栄、学業成就、病気平癒、身体健全・健康増進、健康長寿、厄除け、除災・災難除け、交通安全、芸道上達、五穀豊穣
浅草寺の360度ビュー
浅草寺について
推古天皇36年(628)に創建され、日本有数の歴史を誇る、東京都内最古の寺院です。慈悲深い本尊の観音菩薩のご利益で、縁結びや安産、商売繁盛や事業の成功をもたらし、悪い運気も払う、江戸の大パワースポットです。
源頼朝の父義朝が奉納した観音像「榎観音」が今も浅草寺に残っています。
観音様を厚く信仰した頼朝は治承4年(1180)に浅草寺で平家追討、文治5年(1189)には奥州藤原氏征伐の勝利を祈願してともに成就しています。

室町時代に足利尊氏は寺領を安堵し、戦国時代には北条氏綱、徳川家康が浅草寺を祈願所と定めていました。関ヶ原の戦い目前の14日前に祈祷し、東軍が勝利したことで霊験あらたかなことが天下に響き渡ることになりました。
戸隠神社から勧請した龍神様(九頭龍権現)がまつられていて、福徳と五穀豊穣を授けてくださるとともに、浅草寺の建物の守護神となっています。

龍神は水をつかさどる神です。本堂前の右側にあるお水舎の天井には「墨絵の龍」があり、手水鉢の上に、かつて本堂裏にあった噴水に安置されていた龍神像(沙竭羅龍王像)がまつられています。
財政難になった江戸幕府に替わり、浅草寺の維持管理は庶民の浄財で行われるようになって庶民との結びつきが強くなっていくとともに、浅草が参詣、行楽、歓楽のための江戸有数の盛り場になって近代を迎えました。

明治、大正、昭和と大いに栄え、大正の関東大震災では奇跡的に主要な建物は火災から逃れただけでなく、境内に避難した5万人の命を救いました。
しかし、昭和20年(1945)の東京大空襲でついに灰燼に帰しました。
それでも戦後は昭和天皇、松下幸之助氏などの支援、庶民の信仰の力に支えられて復興し、年間3千万人もの参拝者が訪れるまでになりました。
約5万平方メートルの広大な敷地内には多数の見どころがあります。
(境内図)https://www.senso-ji.jp/images/guide/images/sensouji_map.jpg
見どころのリンクを貼っておきますので参考にしてください。
・雷門 ・仲見世 ・宝蔵門
・本堂 ・五重塔 ・影向堂
・薬師堂 ・淡島堂 ・銭塚地蔵堂
・二天門 ・お水舎 ・伝法院
・鎮護堂 ・弁天山 ・駒形堂
・待乳山聖天 ・遍照院 ・新奥山
・諸碑(二尊仏、久米平内堂、旧五重塔跡、
鳩ポッポの歌碑、新奥山、力石、瓜生岩子像、
「暫」像、戸田茂睡逆修塔)
・九頭龍権現 ・金龍権現
