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権力犯罪と#MeToo 映画「Black Box Diaries」その3 週刊新潮の沈黙

この性加害事件を最初に報道したのは週刊新潮だが、その際に新潮は山口敬之にも取材している。その取材依頼のメールに対して山口敬之は奇妙なことをした。「北村さま」宛のメールを誤送信したのである。この北村とは内閣情報官の北村滋だと思われるが、何故そんなミスをしたのか。私は、これは山口敬之の脅しだったと考えている。山口敬之は、この事件が北村滋が動く案件であると新潮に知らせることで、事件を報道しないよう圧力をかけたつもりだったのだろう。しかし、新潮はそんな脅しにはビクともしなかった。

この性加害事件報道でずっと週刊新潮だけは強気だった。報道姿勢が強気だっただけではない。山口敬之の逮捕を止めた人間が中村格だと特定し確認の言質までとった。何故、週刊新潮だけがそのようなことができたのか。そして、何故「Black Box Diaries」には沈黙しているのか。


週刊新潮の情報源


週刊新潮はこの性加害事件における影の主役だった。事件を最初に伝え、中村格が逮捕を止めたという大スクープを出しただけではない。山口敬之がこだわったベトナムの韓国軍慰安所の欺瞞を見抜き、山口敬之の車修理代踏み倒しから、中村格によるゲーセン喧嘩の忖度捜査まで。ある意味、些細なネタまで用いて執拗に山口敬之と中村格を攻撃した。

週刊新潮はどういう経緯でこの問題の報道を始めたのか。「Black Box」の記述によれば、伊藤詩織が検察審査会への申し立てを前に記者会見を準備している頃に、別に取材を進めていた新潮から清水潔を通して連絡があったということになっている。この記述を素直に信じてよいのかどうかは分からない。取材方法や情報源の秘匿で詳細がぼかされている可能性が高いだろうし、伊藤詩織すらその真相は知らされていないかもしれない。ただ、週刊新潮と伊藤詩織が別々に動いていたことは確かである。

週刊新潮は伊藤詩織を取材した2日後に中村格を取材している。新潮と山口敬之は名誉毀損で裁判になっており、その過程で中村格取材時の音声も証拠提出されているのだが、そこで驚くべき話が出てくる。新潮は中村格を取材した時点で、既に複数の証言者から中村格が逮捕を止めたという証言を得ていると言うのだ。絶対的な秘匿情報であるはずの捜査情報をリークした人物がいるのである。それも複数。

中村格が逮捕を止めたという話については、今でも否定する人がけっこういる。後に中村格が言うように適正な捜査が行われただけだと。しかし、新潮の取材音声で分かるように、そこには明らかに中村格による不当な指示があり、だからこそ内部告発がなされたのだ。もちろんそれは情報漏洩なのだが、公益通報にあたるから問題はない。そしてその情報源がどこかは新潮は決して明かさない。

週刊新潮に情報をリークしたのは誰か。その種明かしのような記事が、山口敬之の性加害を扱った民事裁判の地裁判決の少し前に出る。「安倍総理「秘書ご子息」のケンカで忖度捜査 「山口敬之」逮捕を潰した中村部長が指示」という記事である。安倍晋三の秘書の息子がゲームセンターで喧嘩をして、その捜査に通常なら出ないような捜査一課が駆り出されたという内容。やりすぎかもしれないが不当捜査というほどでも無い他愛ない話ではある。しかし、この記事には重要なことが書いてある。このゲームセンターの喧嘩の話を新潮にしているのは、警視庁捜査一課の関係者なのである。

警視庁捜査一課周辺に週刊新潮にゲームセンターの喧嘩の話をリークした人物がいる。ゲームセンターの喧嘩の話は、性加害事件の捜査が所轄の高輪署から捜査一課に回ってきた時期と近い。ゲーセン喧嘩のリークをした人たちが性加害事件で中村格が逮捕を止めたことを伝えた。というより、性加害事件の取材で捜査一課関係者から話を聞く過程で、ゲーセン喧嘩の話も一緒に出てきた。そう考えて間違いないだろう。

週刊新潮が終始強気だった理由はここにあるはずだ。確かに週刊誌は大手メディアと違って記者クラブに配慮する必要はない。それでも中村格という実名など、通常なら容易に記事にできないネタであるはずだ。それでも新潮が強気な報道を続けたのは、情報の信憑性もさることながら情報提供者の意志があったからに違いない。警察内部にも中村格のやり方は許せないと考える人達がいた。だから情報がリークされたのだ。

闘いの終焉


週刊新潮が最後にこの事件に関わる記事を出したのは、最高裁で山口敬之の性加害が確定した年の夏、中村格の辞職を伝える記事である。安倍晋三銃殺を防ぐことができなかった責任を取っての辞職だと伝えている。その記事以降、他の性加害事件に絡んで伊藤詩織の名前を出すことはあったようだが、この事件を大きく扱う記事は出していない。

週刊新潮は闘う意味が無くなってしまったのだろう。新潮がというより、新潮に情報提供していた人達の闘いが終わってしまったのだ。新潮に情報提供していた人達は中村格の失脚を狙っていたはずだ。それを警察正常化のための公益通報と見るか、警察内部の権力争いと見るか、どちらの側面もあったのだと思う。ともかくそこで、警察の一部の人達と、週刊新潮と、伊藤詩織との共闘が成立していた。

週刊新潮が行っていたのは警察批判ではない。あくまで警察内部から出る中村格批判との共闘だった。だから新潮は強かったのだ。山口敬之が北村滋の名前を使って脅そうが、警察内部に中村格を批判する人達がいる限り闘うことができたし、闘いをやめるわけにもいかなかった。報道されなかったと書いた。そして報道できなかった理由は背後に警察がいるからだろうとの見立ても示した。こうして見れば週刊新潮だけが報道できた理由も分かる。新潮の後ろ盾もまた警察だったのだ。

幸いなことに私は今までの人生で警察のお世話になったことは多くない。それでも、交通事故やったとか家に泥棒入ったとか、細々と世話になったことはある。自分が接した限りでは警察は誠実で頼りになる集団である。捜査を捻じ曲げて性加害者を助けるような組織には見えない。そうやって警察を信頼することで日本での社会生活を送ることもできている。

この性加害事件には権力犯罪の側面があると書いた。その権力が警察であることも示した。だけど私も、警察という組織そのものが問題のある組織だとは思っていない。伊藤詩織の悲劇は、安倍政権という特殊な時代、中村格という特殊な警察官僚によって引き起こされてしまったものなのだろう。本来警察とは、高輪署の捜査官Aや新潮に内部告発した人達のように誠実な人達によって維持されていると信じている。安倍晋三や中村格がそれを歪めてしまっただけなのだ。

そして、この事件における権力犯罪の側面は意外な形で終焉を迎えてしまうことになる。安倍晋三の銃殺と中村格の辞職である。伊藤詩織が権力犯罪を追及しようにも、その先で標的となっていた権力自体が消えてしまうのだ。そうなることは、あの最高裁判決を聞いた車の中で伊藤詩織にも分かっていたことではある。だから、あんなラストシーンになるのだ

伊藤詩織の落とし前


「Black Box Diaries」は権力犯罪と闘った映画である。しかし、当事者である山口敬之は民事裁判で性加害が認定され、中村格は警察を辞職し、安倍晋三は死んだ。もう闘う相手は退場してしまったのだ。闘う意味は無くなってしまったかのように見える。それでも伊藤詩織は「Black Box Diaries」を作った。何のためか。おそらくその目的は、権力犯罪に対する勝利でもなければ、ジャーナリストとしての成功でもない。最も近い言葉は「落とし前をつける」だったのではないだろうか。

思えば理不尽な話なのである。性被害にあっただけでもひどい話だが、警察もなかなか動いてくれない。ようやく動いても逮捕は止められ、警察から示談をすすめられ、結局は不起訴にされる。リスクを背負って顔や名前を出して告発しても、メディアは#MeTooとしてもてはやしてくれるだけで、やってほしかった権力犯罪の追及はしてくれない。その上、酷い誹謗中傷を浴び続ける。

私は2chで遊んでいたから、伊藤詩織に向けられたデマと誹謗中傷がどれだけ激しく卑劣であったかよく知っている。というより、それがあまりに酷かったから、ずっとこの問題を追い続けてきた。伊藤詩織は、ふしだらで嘘つきで虚栄心に満ちた女とされて徹底的に人格攻撃された。そしてその中傷は、そのような悪い女だから性被害だって嘘なのだろうと山口敬之の性加害を否定する話になっていく。そのしつこさたるや尋常のものではない。もちろんそれは今でも続いている。

伊藤詩織にはそれらの理不尽さと闘うという動機があった。山口敬之の性加害が認定され、中村格が辞職し、安倍晋三が死んでも、それでも落とし前をつけなければならなかった。今まで闘ってきたことが、#MeToo運動だっただけではなく、それ以上に権力犯罪との闘いだったことを残したかった。そもそも理は圧倒的に伊藤詩織にある。明らかにおかしいものはおかしいと言わねばならない。西廣弁護士をはじめとする味方と決別することになっても、その闘いだけは引けなかった。

その思いは社会正義や公益性というより私怨や復讐心に近いものだったとさえ感じる。「Black Box Diaries」は、#MeToo運動の成果でも、権力犯罪を告発する端緒でもない。一つの終わってしまった闘いの記録であり、最後に残す私的な落とし前なのである。私は「Black Box Diaries」を見て、そのような作品を作った伊藤詩織という人間が少し分かった気がした。と同時に、そのような怖い作品とは関わり合いになりたくないと動く西廣弁護士たちも理解できる。

そのような騒ぎの中、一人だけ意味不明な動きで引っ掻き回した人物がいる。望月衣塑子である。

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