育休の取得ができない。そこから得られるものってなんだろう?
育休が取れなかった。
夫ではなく、出産したわたしの話である。
理由は入職して1年未満のため。 こればっかりは致し方ない。その可能性も見据えての転職だった。 しかし、長年雇用保険には入り続けていたこともあり、入社時に「育休取得が可能かどうか」は事前にしっかり確認していた。 職場からも「取得可能」と返事をもらっていたので、すっかり安心し切っていたのだ。
しかし出産後、いざ書類を提出すると、まさかの連絡が届いた。 「改めて確認したところ、やはり育休の取得はできません」
これは痛い。当てにしていた給付金が入らないからだ。 事前に分かっていれば、まだ心構えもできたのに。 産後のバタバタに追い打ちをかけるような、強い不安の到来だった。
だが、今日書きたいのは、この問題に対する恨み辛みではない。 「今回の出来事で、わたしが学べることは何だろう?」ということだ。
これまでの家計管理のスタンス
わたしは3月まで正規雇用の教員として働いていた。 なかなかの額のお料与やボーナスをもらっており、夫婦共働きとあって、それなりに余裕のある暮らしができていた。
人というのは不思議なもので、収入が増えれば使う金額もしっかり増えていく。 定期的に旅行に行ったり外食したりとプチ贅沢を楽しみ、好きな洋服やインテリアにも遠慮なくお金を使っていた。 NISAや投資信託で家庭の資産形成は一応しているし、「お金は循環させてこそ。溜め込むことに集中するとストレスも溜まる」というのが、当時のわたしのスタンスだった。
しかし、転職によってわたしの月収はパート勤務となり半分以下に。そして給付金が入らないとなれば、家計はもはや赤字である。
本来であれば、少しでも家庭の収入を増やすために仕事復帰を早めたり、今からできる仕事を探したりするべきなのかもしれない。 しかし、かわいいかわいい赤子を預けて働くなんて今は考えられないし、待機児童が多い地域に住んでいるため、現実的に預ける場所もない。
在宅でできる仕事も探してみたが、今の自分が無理に手を出したら、きっとキャパオーバーになって家族に当たり散らす未来がありありと目に見える。 母親の不機嫌ほど、家庭の平和を壊すものはない(我が家の場合)。
そんなわけで、少なくとも4月までは扶養に入り、「働く」という選択肢を一旦手放すことにした。
「今」こそが、蓄えを使うとき
正直、「甘いのかな?」とも思う。 産後すぐに仕事復帰する人もいるし、働こうと思えば方法はきっとある。 ただ、何かのときのためにと、NISAや投資信託で資産を形成してきたのだ。
そして、ふと思った。 「今こそが、その『何かあったとき』なのでは?」と。
もちろん、ただ手をこまねいているわけではない。 できる限り家庭の支出を減らす努力は、すでに始めている。
必要なものだけを買い、何か欲しいと感じたら、 「これ、本当に必要?」 「他のもので代用できない?」 と、まず一立ち止まって考えるようになった。
当たり前のことに思われるかもしれないが、少し前までのわたしにはこれが出来なかった。無駄遣いをしている感覚はなかったものの、実はかなりの浪費をしていたのだと今になって気づく。
自由にお金を使えていた頃は、節約しようと思ってもできなかった。 けれど、せざるを得ない状況になれば、嫌でもできるようになるものである。 これこそが、今回の出来事から得るべき学びなのだと思う。
お金の使い方を変えるトレーニング期間
仕事復帰するまではそう割り切って、やりくりを楽しんでいきたい。 先述した通り、なにせ「伸び代のある(ポジティブな)」家計簿だ。削れる部分はまだまだある。
いま身につけた金銭感覚を継続できれば、仕事復帰をしたときに貯蓄を一気に増やせるはずだ。 減りゆく貯金口座を見ると不安にはなるけれど、「悪いことに使っているわけではない」と自分に言い聞かせている。
すべての出来事には、何かしらの意味がある。 特にネガティブな出来事ほど、多くの学びを与えてくれる。
それは、これまでの人生経験からも確信していることだ。
夫にはちょっとがんばってもらはないといけないが、末っ子との貴重なひとときを、子ども達との穏やかな時間を。
今は大切にさせてもらおうと思う。
