私は「障害受容」という言葉がよく分かりません― 病気や障害とともに生きるということ スピンオフ①
病気や障害を受容する。
私たちは医療や福祉の現場で、そんな言葉をよく使います。
「あの人はまだ病気を受容できていない」
「あのお母さんはまだ子どもの障害を受容できていない」
そんな言葉を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
でも私は最近、ふと思うのです。
受容って、一体何なのでしょうか。
病気や障害を受容する。
病気や障害を受け入れる。
それって、どういう状態なのでしょう。
病気になったことを悲しまなくなったら受容なのでしょうか。
障害があることを受け入れられたら受容なのでしょうか。
前向きになれたら受容なのでしょうか。
では、
今でも見えるようになるなら見えるようになりたいと思っている私は、
障害受容ができていないのでしょうか。
病気にならなかった人生の方がよかったと思う私は、
まだ病気を受容できていないのでしょうか。
正直、私にはよく分かりません。

皆さん、いつも私とハッピーお嬢のnoteを読んでくださりありがとうございます。ナツコ@視覚障害の相談支援専門員です。
先日、創作大賞2026エッセイ部門への応募作品として『病気や障害とともに生きるということ』を公開しました。
この記事は、母校の神戸女子大学看護学科で行った105分間の講義「病気や障害とともに生きる」をもとに再構成したものです。
たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございました。
ただ、もともとは105分の講義としてお話しした内容です。
創作大賞の文字数制限の中では、とても書ききれませんでした。
病気や障害とともに生きる中で経験してきた出来事。
その時々に感じた思い。
そして今もなお答えを探し続けている問い。
まだまだ書ききれなかったことがたくさんあります。
そこで今回から、
『病気や障害とともに生きるということ』
をテーマにしたスピンオフシリーズを書いていこうと思います。
本編では描ききれなかったエピソードや思いを振り返りながら、病気や障害とともに生きることについて、当事者として感じていることを少しずつ綴っていけたらと思っています。
今回がその第一弾です。
今回のテーマは、
「受容って、何なんだろう」
です。
医療や福祉の現場では、
「まだ病気を受容できていない」
「まだ障害受容ができていない」
そんな言葉を耳にすることがあります。
私自身も看護師として働いていた頃は、特に違和感を持たずに聞いていました。
でも、自分が病気になり、視覚障害者として生きるようになった今、どうしてもこの言葉に引っかかりを感じます。
受容とは何なのだろう。
受容できるとはどういう状態なのだろう。
そして、人は本当に病気や障害を受容できるものなのだろうか。
今回はそんな問いについて、当事者として、そして元看護師として感じていることを書いてみたいと思います。
※ここから先は有料部分になります。
私は昨年から、有料記事の売り上げの一部を視覚障害者支援への寄付につなげる取り組みを続けています。
この一年間、本当にたくさんの方に記事を読んでいただき、その結果として寄付という形で支援の循環につなげることができました。
応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
私一人にできることは決して大きくありません。
それでも、病気や障害について発信すること。
そして、その売り上げを少しでも支援につなげること。
そんな小さな循環を積み重ねていくことには意味があるのではないかと思っています。
今年も引き続き、病気や障害とともに生きることについて発信しながら、わずかでも自分にできる形で視覚障害者支援につなげていけたらと思っています。
この記事の売り上げの一部も、視覚障害者支援への寄付に活用させていただく予定です。
もしこの記事のテーマに興味を持っていただけたら、ぜひ最後まで読んでいただけるとうれしいです。
そして、この活動や私たちの思いに共感していただけたら、これからも応援していただけるとうれしいです。
スキやコメントも大きな励みになります。
ぜひ最後まで読んでくださいね。
応援よろしくお願いします。

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病気や障害とともに生きるということ
このマガジンは、私が毎年、神戸女子大学看護学科でお話しさせていただいている講義「病気や障害とともに生きる」をもとに生まれたシリーズです。 …
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