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静子の人生が孤独な少女を救った話―服を選ぶことは、生き方を選ぶこと。



駅前の本屋さんのレジが無人になったある日の事。自分でバーコードリーダーを操作して、あらゆる本が自分で購入出来るようになったので、井上真紀は真っ先にGOTHMAGAZINEという雑誌を購入した。

真紀の家は郊外にある住宅地で、とても閑静で落ち着いた立地にある。だが、とても保守的な住民が多く、少しおしゃれをすると二度見三度見されるので、人々の多くは、量販店のファッションスーパーいまむらで、1980円で購入出来る白と黒のボーダーもしくはストライプの服を着ている。これを着ると、その土地になじめるのだ。背中に大体ある、意味不明な表情のウサギのキャラクターや、悩ましいポーズをとる、顔の四角いセクシーキャラクターの模様の有無や、縞の幅で個性を出すことの他、目立つような個性の表現は認められていない。

真紀は、目立たない女子だった。しかし、人一倍可愛い物が好きだ。キティちゃんやミッフィー。そして、各種ロリータのお洋服。エンジェリックプリティや、アトリエボズ、ヴィクトリアンメイデン、ラヴィアンローズ、そういったブランドのお洋服を見ていると、心が癒された。

そして、今月は佐野静子特集だ。記事はいくつかあるが、先頭のインタビュー記事には、まず、こう書かれている。

「私を救った、クラスメートのお洋服について。」

(佐野静子さんは服飾専門学校の、文化服装学院の系列校出身で、お洋服を手作りするコーナーを任されることもある、GOTHMAGAZINE名物の、専属モデル。その彼女を救ったお洋服って、いったいどういうものなんだろう?)

真紀は興味に駆られて、どんどん読み進めた。

そして震えた。

憧れの静子ちゃんが、引きこもりだったなんて!
心無い言葉で傷ついて、学校に行けなくなって。
自分と同じ境遇だった。

ただし自分が傷つけられたのは、クラスメートではない。
家族によっての事だった。

真紀の家族は、一般的な家族の形態をしていなかった。普通の家族は、皆、毎朝電車や車で向かう勤め先があり、共働きの家庭ならば、両親ともに不在となるはず。しかし、古い家を二軒同時に、合わせて600万円で購入した真紀の父は、キノコ栽培を始めた。

隣の家の全てが住居ではなくキノコの栽培施設として改造され、密閉された家の空間は全てしめじとエリンギで埋め尽くされた。キノコは通年取れた。水や湿度を管理するには、住宅は最高の環境だった。換気システムも申し分なかった。そしてその仕事は大当たりした。

寝ている間もキノコは増殖するのだ。そして、隣の住人、井上家の家族が衛生的な防護服を着て、家族全員一丸となって、キノコの包装、パック詰め、出荷を執り行う。そしてそれは、家族一同が本気を出せば、フルタイムで外で勤務するより、よほど効率良く、よほど時短で収益を上げることが出来たのだ。

そして、やがて、井上家の300万のあばら家は、建て替えられ、キノコ御殿と呼ばれるようになったのだ。

だが光もあれば影もある。光が強まれば影もまた濃くなる。全ての事には因果がある。

井上家の成功は周辺住民から決して歓迎されなかった。
あの家の者は朝の通勤時間に見かけたことがない、いったい昼間から、何をしているのか解らないと、付き合いの浅い人間は思う。
付き合いが深くなれば、井上家の成功話が、彼らの嫉妬心に火をつける。
そして噂や憶測が、大人の間で流布し始めると、それを鵜吞みにした子供が
悪意のこもる噂を、子供同士の集団内で共有し始める。それは、子供同士の付き合いにも、深い影を落とし始める様な有様だった。

風が吹けば桶屋が儲かるのだ。

要するに現代風に言えばピタゴラスイッチである。

親の因果が子に及び、井上真紀はクラスで孤立した。しかし彼女には夢があった。憧れのGOTHMAGAZINE。その読者ページに載りたい。

その雑誌を初めて見た時の事を忘れられない。真紀は思う。

ー自分は、華美な服装をしたことがなかった。

只でさえ、怪しまれているのだ。人目に立つことを両親は嫌い、家族にもその感覚を押し付けた。本当は近所の住民とも積極的にコミュニケーションを図り、交流し、誤解を解いたり、仲良くする方法を互いに模索すれば、関係は大幅に改善されたのであろうが、両親はシャイで、コミュニケーション能力に自信がなく、嫌われたくないのに好かれる努力は全くしなかった。その帰結として現在があるというのに、奇妙なルールをあれこれ作っては、家庭内で発動させ、それを守るよう真紀にも強制したのだ。

思春期においても、服装チェックがある。

髪は黒く。茶髪も駄目。低い位置での一つ縛りのみ可。服装は白黒カラーのボーダーのオーバーサイズで、太もも丈一択。顔の四角いセクシーキャラクターが背中で望まぬ遊び心を演出して真紀のために大いに恥辱の効果を上げている。スカートは厳禁。パンツは変に細身な蛍光緑のジャージ。おしゃれ着としてジーンズは許可された。そして着こなしにも逐一チェックが入る。オーバーサイズの、太ももの真ん中あたりまであるボーダーのジャージ素材のシャツは、必ず、へそ上20センチの細身な蛍光緑のジャージ素材のパンツの中に、グサグサと押し込むように入れ込んで、ボコボコに、醜い凹凸を生じさせた、やたらに大きく見える尻と下腹を強調するようにキツく、へそ上20センチの位置に、紐を蝶結びして着ること。その結果、真紀の体重は常に、五キロは太って見えた。

その強制力は高校生になっても変わらない。
アルバイトして、必死になって学業と両立しながら買った可愛いワンピースも、タンスを漁られて、廃棄処分にされる。知り合いの娘に無料で、譲る。
真紀が一度も着ていない、その服を自慢げに同い年のその娘が仲間と着て歩く。

真紀は抗議した。しかし両親はこう返す。

「あなた学生でしょ!学生の本分は勉強でしょう!色気づいてみっともない!大体、あんなあなたらしくない服装で歩かれたらこっちが恥ずかしいのよ!わきまえなさい!嫌だったら出て行きなさい。もう食べなくていい。」

真紀は深く絶望した。そしてジャージを着る。汚れても全く悲しまなくて済む衣装を、毎日身につける。その色合いも形も一週間全く変わらない。気がつけば学校も休みがちになっていた。生きる気力がわいてこない。引きこもりと呼ばれるまでに時間はかからなかった。両親は彼女を責めた。

「自分の着ているものが恥ずかしい?バカ!恥ずかしいのはお前の生き方だよ。勉強以外、学生に何が必要なんだ。下らない見栄を張るんじゃない!」

「とにかく、その今の服を脱ぎなさい、洗濯するんですからね!」

そして渡されるのは洗濯した清潔なオーバーサイズの太い白黒のボーダーの服と裾の絞られた、いつもの蛍光緑の色のへそ上20センチのジャージのパンツだった。

暴力的なまでに奪われる選択肢。

自分の役割を選ばされている。真紀はそう思った。

(自立しよう。自立したら、ヴィクトリアンメイデンの服を着よう。
私はあの服の仕立てがすごく好き。ああ、今月のGOTHMAGAZINE、どうなっているのかしら。)

そして立ち寄る、本屋。こっそり購入する、GOTHMAGAZINE。

そして、そのモデルの顔を心の中で自分の顔と置き換えて、心の中で化粧を施した。想像は自由で、その時間だけ、真紀はお姫様になれるのだ。

そしてその憧れの極北が、佐野静子、その人だった。

そして、今読み終えたインタビューの記事の次の記事での、『今月の特集』は、『ついに実現した!佐野静子×野崎英次・月の女神ユエ降臨』だったのだ。それは圧巻のヴィジュアルだった。

(この音楽のみAIで作成しています。ご自由にダウンロードしていただけます。⤵)

「なんて綺麗なの!」真紀は歓声を上げた。

イラストで再現された、『初めてのユエ、白薔薇の庭園に降り立つ』も
やはり圧巻だった。

「すごい、本当にこんな素敵な衣装があるのね。ああ、素晴らしい。」
真紀はうっとりした。

しかし何と言っても素晴らしいのは女王ユエだった。

西洋人風の特殊メイクを施したその威厳ある静子の姿は、まさしく女王の貫録に満ちていた。真紀は叫び出しそうだった!

「きゃあああああ!」
実際に真紀は頬を両手で抑えて叫んでいた。素敵すぎた。

「ヤバいヤバいヤバい!」真紀は焦った。素敵が自分の心の許容量を超えたのだ。心がこの宮殿に飛んで行ってしまった。

絶対自立する。そしてGOTHMAGAZINEに、私も載りたい!

もう、シミだらけの腐ったボーダーなんかいらない。

真紀は、覚醒した。

タンスを開ける。そして、ボーダーの服を全部ゴミに出した。

そして、全財産を握り締めて、かばんに入れて、

指定のメゾンへと走る。

駆け込んだ、憧れの店内。

自分は場違いな存在だった。ボーダーに、ジーンズ。汚れていないスニーカー。それだけが、真紀のできる最大限のおしゃれだった。それをもってしても当然ながら、きらきらと輝く室内装飾には、全く馴染めず、猛烈に恥ずかしかったが、そんな真紀にも店員は嫌な顔一つせずに気持ち良く対応してくれた。それだけを心の支えに、ぶるぶると震える手で、全財産を差し出して、買ったのは、兼ねてより欲しかった、ファースト・ユエ・モデル。



スズランの飾りも愛らしい、佐野静子の初めての舞台で身につけた、ユエの衣装の復刻モデルだった。これを購入するのはぎりぎりの予算すぎた。ワンピースとパニエ、ペチコートは買えた。ただ、チョーカーは買えない。編み上げブーツもヘッドドレスも買えない。トータルコーディネートは全く出来ない。

しかし、どうしてもこの限定モデルだけは譲れなかったのだ。

「ら、来月まで、取り置いてください…。残りも…、残りも必ず…、お支払いしますから…。」
声を震わせる真紀に、店員はほほ笑んだ。そして、予約販売の契約を結んでくれた。

「恩に着ます!私、この服が好きで、大好きで!」
涙ながらに、どれほど好きなのかを力説した真紀に、店員さんはこう言った。

「それなら、お衣装をお召しになりますか?」

「えっ、でも!」

「もう、その服は貴女の為のものです。遠慮することはありません。」

許された。この服を着て、歩く事を、たった今。

「で、でも私まだ、似合わないし、あと一キロ瘦せてから着るし、靴も。」

「服が呼んだのでしょう?それなら、理由は十分ですよ。」

試着室で、だらしなく袖口の伸びた、シミの取れないジャージを脱ぐ。

洗い晒しのブラジャーが目に入った。恥ずかしさに目を背けるも、おずおずと憧れの衣装に袖を通す。その瞬間何かが弾け飛んだ。

「……もう、脱ぎたくありません。私、これで帰ります。絶対に、絶対に!」

この時、真紀は全ての鎖から解き放たれていた。


そして帰り道。

初めて、好きな服を着て歩く。嫌な汗をかく。人々の視線が突き刺さる。

ノーメイクが恥ずかしい。靴はスニーカーだ。釣り合いが取れない。解っている。

ーーそれでも、自分で選んだ服を着られたのだ。

この時、真紀は生きていた。

家に帰ると両親は真紀を責めた。

服を没収しようとした。

しかし今度は、真紀は一歩も譲らなかった。

この服が着られないのなら、ガソリンをかぶって今すぐ死ぬと叫んだ。

バカバカしい事だったかもしれないが、その覚悟を前に、彼女は今度こそ自由を勝ち取り、自分の着たい服を着られるようになったのだった。

しかし、真紀は、むやみやたらに盛装はしなかった。普段は上品なスーツなど、節度を守った服を着て、特別な時にロリータの衣装を身につけた。

しかし真紀は振り返る。

何年たって振り返ってもあの時、全財産をかけて、手に入れたお洋服、それを身につけて歩いたあの時のことを生々しく思い出すと。そしてあんなに自分が生きていると感じた時は無かったと、この時自分は生まれ直せたのだと、静子に深く敬意を込めた祈りを捧げるのだった。

静子と英次は、心迷う真紀を救ったのだった。










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