【読書感想】休息のエネルギー アジアのなかの沖縄
■「休息のエネルギー -アジアのなかの沖縄-」 大城立裕(農山漁村文化協会 人間選書)
【初出:2010年11月7日 旧ブログ(ココログ)より転載】
初版は1987年。買ったのはたぶん90年代。当時「琉球王国」の歴史を調べたいと思っていて、なかなか適当な本がなく何冊か買ったうちの一冊。
内容はこんな感じ。
「沖縄問題は文化問題であるとの視点から、沖縄固有の歴史の深層からひもとき、『休息のエネルギー』の持つ意味を説く本格的な復帰後沖縄文化論。沖縄関係年表つき。」(農文協ホームページより)
この内容説明を読めばわかるが、はっきりいって文化論の本なので、琉球王国の歴史を調べるという目的のためには、やや不向きな内容。そのため、ぱらぱらっと流し読みしてそのまま放置していた。今回は、当初の目的とは関係なく読んだので、いろいろ興味深い発見もあった。
一つは沖縄の文化・風土の特色は、封建制という近代社会成立のために不可欠なプロセスを経験していないところにある…という指摘だ。つまり、古代社会から一気に近代の歴史の中に放り込まれたため、沖縄には日本よりもむしろ他のアジア諸国などに近い文化形態が残っている。しかし、所属はあくまでも日本だから、そこにさまざまな軋轢が生じているというのである。
戦後の米国統治から日本に復帰後は、できるだけ早く日本本土に「同化」する方向ですべてが動いている。しかし、ここで一度立ち止まり、アジアの視点で日本を見ることができる沖縄ならではの立ち位置を確立することをめざしてはどうか…というのが著者の主張である。
二つめは、こうした独自の文化のあり方を探るような沖縄的アイデンティティーというものに、本土在住の私たちはいかにも無関心である…ということに気づかされたことだった。沖縄が日本に復帰したのは1972年。現在40歳以下の人だと、ものごころついた時から沖縄は日本の県の一つだったことになる。良くも悪くも沖縄を特別視する考え方は、ほぼないのではないだろうか。しかし、いとも簡単に「沖縄も日本も同じでしょ」と言い切ってしまうことは、やはり独自の歴史を歩んできた沖縄を否定してしまう危うさも含んでいる。そのことを本土の人間も少しは意識するようにした方がいいのは間違いない。
20年以上前に書かれた本なので、現代と対応させた時どうなのか…という興味もある。基地の問題、さらには国境問題…など、沖縄は今も現代日本の姿を浮かび上がらせる反射鏡のような存在だ。日本と沖縄について考えることは、おそらく日本がアジアとどう向き合うのかという問いに答えるためにも欠かせないプロセスではないだろうか。
ちなみに最初に「琉球王国の歴史を調べるという目的のためにはやや不向き」と書いたけど、「薩摩入り」や「琉球処分」、その他の歴史的出来事の説明もいろいろ出てくるので、本書で知ったこともけっこうあった。最近は新しい本もいろいろ出てると思うので、再度探してみようかな…という気もしている。

