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【小説】工藤春馬を探しています。#1

工藤春馬はどこにでもいる。
あるとき、世界一平和な国、ホイックの、世界一優秀な科学者、オー・ロビンソン教授が、クローン技術を作り上げた。
しかしロビンソン教授は、その技術を有したまま失踪。
事態を重く見たホイック政府は、世界一有能な諜報機関を設立し、教授の行方を追った。
10年にも及ぶ逃亡の末、ロビンソン教授は日本、それも東京で捕まった。
しかし残念なことに、教授は既にクローン技術を破棄していた。
教授は逃亡生活の間に、その技術を使用し、日本のある若者を媒体として、クローンを生成していたのだ。
教授の作りあげたクローンは、完璧だった。たった一体生み出すだけで、勝手に増殖していく。
難点があるとすれば、生成できるのはいちどきり、ということくらいだった。
ホイック政府は、教授を強制送還し、ホイックへの入国、そしてホイックからの出国を輸出入以外全面禁止した。その後の続報はない。

生成された若者──工藤春馬は、今も増殖を続けている。
街のいたるところで、あらゆる工藤春馬が働いている。
既に日本の人口を追い越し、インフラもなにもかも、工藤春馬が担っていた。
危険な仕事も、使い捨てがきく工藤春馬に任された。
日本政府は工藤春馬を国有化し、各自治体、企業、家庭に配布した。

人権問題が叫ばれていたのも今は昔。
クローンが禁止されていたのも遠い過去のことだ。
今では、各国政府がロビンソン教授のクローン技術の再現に必死に取り組んでいる。
しかし、反対派が消えたわけではない。だがその勢力も灯火といってよかった。
どんな反対の声があがろうと、それは決して燃え広がらない。
なぜなら、工藤春馬のオリジナルが現れることはなかったからだ。

工藤春馬を探しています。

〈1日目〉

ザイル・オザワは今、ホイック中枢の地下鉄に揺られていた。
ザイルは、日本人の父と、ホイック人の母の間に産まれた。
記憶にないが、ザイルは赤子の頃だけ、日本にいたらしい。
その後はホイックに移り住み、今の自分がある。
もっとも、両親は既にホイック国内で起きた内戦で死亡しているが。
地下鉄を降りて、閑散とした駅のホームに躍り出た。
今日はいつもより晴れているものの、それでも陰鬱とした雰囲気がザイルを襲った。
駅を出て、タクシーに乗り込んだ。
「ワールド・タワーまで。」
運転手は了解して、タクシーは駅を出発した。
「あんた、官僚かい?」
正直、答えるのも億劫だったが、マニュアル通りに口を動かした。
「外交官だ。…なんで官僚だなって思ったんだ?」
「そりゃあ、今日はワールド・タワーで調印式だろう?政府の連中がこぞって参加するって聞いてるぜ。」
そんなことだろうと思った。
「そうか、そういうことか…まあ、目的は同じさ。調印式に出席しろって上がうるさくてね。」
白い歯を見せてやると、運転手は何かに共感したのか、笑顔を見せた。
「にしても外交官か。いやあ、緊張してきたぜ。」
「はは、なんで君が緊張するんだよ。」
軽口に軽口で返しながら、窓の外を仰ぎ見る。
寂れた鉄とガラスのタワーが見えて、持っていたカバンを強く握った。

「かつてこの国は…世界一平和な国と呼ばれていた。だが、今や内戦の影響で国力は低下し、人々は露頭に迷っている。今こそ、我々は反政府組織との和解を通し、ホイックの栄光を取り戻すときなのだ!」
大統領の熱い演説で、政治家連中は立ち上がって拍手した。
つられてザイルも立ち上がり、壇上の、黄土色の髪に、シックなスーツを整えた、頑強な我が国の大統領に向けて拍手を送った。
「ここにいるのは…反政府組織ガルムのリーダー、エドガーだ。皆、拍手で出迎えてほしい。」
大統領のくしゃっとした笑みは、どことなく不穏な空気をザイルに思わせた。
昔からザイルは空気の変わり目に敏感だ。
テレパシーとでも言えばいいのか、とにかく嫌な予感は必ず当たるのだ。
壇上に現れたのは、日本語で言うところのイケメンな男だった。服装も整っている。だが、どこかぎこちなさを感じさせた。
あれが、数多くのテロ活動を発端に、政府軍と紛争を繰り広げた、反政府組織ガルムのリーダーです、と言っても、とても信じてもらえそうにない。
「…..私はロビンソン先生の意思を継ぎ、今日まで戦ってきた。だが、もう潮時だ。政府との和解の条件として、我々が提示した条件が受理されたので──今ここにいる。」
散々資料や映像を調査しても見つからなかったリーダーの素顔が、今目の前にある。
それだけでも、ザイルはこれが歴史的な一歩だと思えた。
「….では調印式を執り行う。」
大統領の掛け声で、照明が移り変わった。
中央の円形の巨大照明が、真下のモダンな机を照らす。
ここはワールド・タワー最上階。
球体の建物の中に、地球の緯線のように地面が敷かれている。
エドガー、そして大統領が席につき、調印を始める。
大統領の署名が完了し、エドガーの目の前にやってきた──そのときだった。
ザイルは足元の空気が急変するのを感じた。
まだ誰もきづいていない。だが、これは──!
すぐさま、エレベーターホールを見る。
点灯している明かりは、だんだん最上階へとせり上がってゆく。
ザイルだけが分かっていた。エレベーターで上昇してきている”それ”は、明らかに邪気をはらんでいる──。
「っ!逃げろ!」
思わず叫んだザイルに、全員の目線が集中する。
だがそんなことはどうだっていい。
大統領のもとに駆け寄り、覆い被さった。
「みんな逃げろ!これは──」
ザイルはすぐ近くにいるエドガーを睨んだ。
「罠だ!!」
どんっ!と力強い音がして、エレベーターのドアが吹き飛んだ。
煙と共に中から現れたのは──
「大統領!?」
「大統領だ!」
「なぜ大統領が!!」
政治家たちがいっせいに叫びだす。
無理もない。
エレベーターにぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのは、大量の大統領だったのだ。
次々に飛び出してくる大統領のクローンたちが、銃で政治家たちを射殺してゆく。
「な、なんだ、何が起きている!」
「大統領!身を低く──」
言い終わる前に、ザイルは視界の端に近づいてくる者を捉えた。
エドガーだ。
「止まれ!!」
「…..よく異変に気づいたな。」
大統領の背中を押して、後ろにやる。
腰から銃を取り出して、エドガーに向けた。
「平和のためと宣っておきながら、目的は政府上層部の一掃か!!」
「….そう言ってるあんたも、分かってんじゃないのか?今この国に必要なのはどちらか。」
今は、今はこんな押し問答に時間を使っている場合ではない。
「それ以上近づくなら、容赦なく撃ち殺す!!」
「あんただって内戦で家族を失ったろ??心の中では、その後ろの奴を恨んでる。違うか?」
「黙れ!」
「黙らない。私、いや俺は──」
エドガーが指を天井に向けた。
「お前らの英雄劇の悪役じゃ、ない。」
その瞬間、ザイルは上空に、さきほどのものと同じ邪気を感じた。
だが──遅すぎた。
ガラス張りの外壁が割れる音がして、ついで最上階の天井を何かが突き破った。
大量の大統領だ。上空にチラッとヘリが見えた。
「大統領!逃げ──!」
振り返って、そして目を見張った。
大統領が、大統領を殺していた。

折り重なった大統領たちを踏みながら、エドガーは男の体を引っ張り上げた。
まだ息はある。
こいつは誰よりも計画に気づいた。
ここで殺さなければ。
だが顔をまじまじと見て、そして気づいた。
「これは──」
工藤春馬。こんなとこに紛れ込んでたのか。
「おい、こいつ、日本に送っちまえ。」
エドガーは男を部下に運ばせ、そして階下を見つめた。
政府の重要な建造物が次々に攻撃されている。
革命は、相成った──!





〈2日目〉

日本のどこか。
そこは、開店したばかりのカフェだった。
「やあ、カメノテ。今日は君に仕事を持ってきた。」
「仕事?」
「うん。昨日、ホイックで大規模なテロが起きたのは知ってるね?」
「ああ。」
「潜入中のウチの部下が、そこで工藤春馬を見たと言うんだよ。」
「は?」
「あってはならないことだ。部下はタクシー運転手として潜入していたんだが、そこに工藤春馬が乗ってきたらしい。」
「それで?」
「工藤春馬は外交官をしている、と答えたと。」
「なんだ、なんの冗談だ」
「冗談じゃないよ。これは。兎にも角にも、そのとき部下が、お釣りを返すときに発振器を取り付けた。」
「…まさか」
「そのまさかだ。工藤春馬は、調印式に出席後、あの攻撃を何故か耐え抜き、ワールド・タワーを移動。部下が行方を追うと、発振器はホイック国際空港で途切れていた。」
「外されたと?」
「ああ。発振器は見つかったよ。貨物機の搬入庫だ。」
「つまり?」
「それで部下に搬入子の監視カメラを調べさせた。テロのどさくさに紛れてね。」
「連中もハッキングされたことには気づかんだろうよ。」
「そうだね。んで、監視カメラを見たところ、気絶した工藤春馬を抱えてふたりの男が入ってきた。彼らはそこで発振器に気づき、外して破壊した。その後、工藤春馬を”詰め込み”貨物に加えた。」
「…おいおい、まさか」
「そのまま工藤春馬は貨物機に積まれた。そしてその貨物機は、日本行きだ。」
「……なんでそんなことを」
「分からない。だが、重要なのはこの工藤春馬が、ホイックの反政府組織〈ガルム〉のリーダー、エドガーの顔を見ているということだ。確実に調印式にいたわけだからね。」
「だが死んでるんじゃないのか。」
「生死は関係ない。なぜかといえば、成田空港に発着後、工藤春馬は消えていた。」
「はあ?消えた?」
「積荷はいったん搬出庫に降ろされる。おそらくそのタイミングで持っていかれたか、あるいは──」
「工藤春馬が生きていて、そして今、日本のどこかにいると?」
「ああ。これがデータだ。こいつは現地ではザイル・オザワと名乗っていたらしい。君にこいつの捜索を頼みたい。ウチも他の政府の諜報機関も、ガルムの壊滅を目的に戦っている。そのためにも、唯一の目撃者である工藤春馬を見つけないと。死体でも、工藤春馬なら脳内情報を取り出せる。」
「そんなこと言ったってな…」
仕事を依頼された男、カメノテは、店員を指さした。
「工藤春馬はここにいる。」
次に、窓の外で落ち葉を掃いている店員を指さした。
「あそこにもいる。」
「それは、分かってるよ」
「分かってない。いまや工藤春馬の頭数は、1億を超えた。日本の人口より多いんだぞ!」
「それも承知の上で、君に頼んでる。君は人探しのプロじゃないか。」
カメノテは苦い顔をした。
受けないという選択肢は、とることはできない。目の前の人物は国に使える諜報員だ。
「わかった。報酬は弾んでもらうぜ。」
「もちろんだよ。」
カメノテは帽子をとると、カフェをあとにした。
開店したばかりなだけあって、塗りたてのペンキの匂いが鼻をついた。





「え〜これ…もう…」
いくらなんでも、非常識だ。
今や一家に一台工藤春馬と言うけれど、いらないからって捨てていくなよ、玄関先に。
「おかあーさん!工藤春馬捨てられてる!」
母が走ってくるのを背で感じながら、じっと全身を見回した。
スーツ姿の工藤春馬は、この辺じゃ珍しい。
企業の工藤春馬だろうか?
「隼人、もういいから学校行きなさい!このコは私が市役所に持っていっとくから!」
「おっけー」
後ろ髪を引かれる思いで、隼人は〈小森〉とかかれた表札を通り過ぎた。

工藤春馬を探しています。#1 fin.

#2に続く

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