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歴史は「事実」ではなく「物語」だ。 シェイクスピアからチャーチルまで、3000年の“執念”を読み解く

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翔平 : 歴史って聞くと、どんなイメージを思い浮かべる?教科書に載っている年表や、動かせない事実の積み重ねかな。

奈美 : そうね、どこか遠い昔の、正解が決まっている記録っていう感じがするわ。

翔平 : 実は僕もそう思っていたんだけど、リチャード・コーエンの『歴史の語り手たち』を読んで、その考えが180度変わったんだ。著者のコーエンは、歴史を単なる過去の記録ではなく、書き手の主観や情熱、時には嘘によって形作られる「物語」として捉えている。彼は序章で、「われわれの方法論がいかに進化しても、何にも媒介されていない歴史などありえない」と断言しているよ。

奈美 : 「媒介されていない歴史はない」……。つまり、誰かのフィルターを通した歴史しか存在しないっていうこと?

翔平 : そうなんだ。特に上巻で面白いのは、劇作家ウィリアム・シェイクスピアが歴史に与えた影響だね。彼は歴史家ではないけれど、後世の僕たちが抱く「歴史的イメージ」を実質的に支配してしまった人物なんだ。本書には、「いかなる時代と場所の作家でも、プランタジネット朝の王14人のほとんどの人物像を彼ほど深く印象づける者はいない」と書かれている。

奈美 : 劇作家が歴史を支配するなんて、どういうことかしら。

翔平 : 彼はラファエル・ホリンシェッドの『年代記』のような当時の資料を自由に改変したんだよ。例えば、リチャード3世。シェイクスピアの劇では、彼は身体に障害を持ち、甥を殺害する極悪非道な簒奪者として描かれている。でも、実際には彼が甥を殺したという法的証拠は存在しなかったし、骨の弯曲も劇的な悪役を演出するために誇張された面があったんだ。シェイクスピアは自分が望むプロットに合わせて資料を都合よく用いたんだね。

奈美 : 物語を面白くするために、実在の王様のキャラクターを作り替えてしまったのね。

翔平 : その結果、僕たちが「リチャード3世」と聞いて思い浮かべるのは、本物の王ではなく、シェイクスピアが描いた「異形の悪役」になってしまった。これは事実を歪めて異形の悪役に仕立て上げ、邪な内面の表れとして見た目の醜さを強調したからなんだよ。

奈美 : なんだか、私たちが信じている事実の基盤が揺らいでくるわ。

翔平 : そうだろう?上巻でもう一人、歴史の書き方を変えたのが「歴史小説の父」ウォルター・スコットだ。彼は事実の中に想像力を吹き込み、人々に過去を「感じさせる」新しい手法を確立したんだよ。スコットは社会のあらゆる階層の人々に共通した情熱を描き、読者が歴史上の出来事の中に個人的なつながりを感じられるようにした。

奈美 : 過去を単なる知識ではなく、感情として体験させるわけね。

翔平 : その通りだよ。彼は、制服の色や紋章、さらには当時の食習慣まで綿密に調べて、物語に本物らしさを与えたんだ。たとえ年代の誤りや作り話が含まれていても、さまざまな関心をかき立てるために必要だとして、それらを擁護した。彼のおかげで、歴史は学校で教えられる退屈な科目から、最も楽しく効果的な学習手段へと変わったんだよ。

奈美 : 歴史学者が書く難しい本よりも、スコットの小説の方が当時の空気感を伝えてくれるっていうのは、納得できる気がするわ。

翔平 : 下巻に入ると、その語り手たちの性質はもっと政治的で、ダイナミックになっていく。代表的なのがウィンストン・チャーチルだね。彼は第二次世界大戦の歴史を書く際、驚異的な手腕を発揮したんだ。彼は単に自分で筆を執ったわけではなく、「シンジケート」と呼ばれる膨大な調査助手のチームを編成していたんだよ。

奈美 : チームで歴史を書いていたの?まるで工場のようね。

翔平 : まさに彼は自ら、「私は本を書いているのではない。資産を開発しているのだ」と認めていた。チャーチルは膨大な公文書や電報を中核に据え、調査助手が作成した歴史的背景の草稿を編み合わせて、自分に都合のよい「第二次世界大戦史」を紡ぎ出したんだ。彼は「過去は歴史に委ねるほうがいい。その歴史はこの私が書くつもりなのだから」と放言していた人物だからね。

奈美 : 自分で歴史を作って、自分に都合のいいように記録に残す……。それはもう客観的な歴史とは呼べないんじゃない?

翔平 : 学術的な厳密さで見ればそうかもしれないね。でも、チャーチルが書いた歴史が、その後の世界の大戦理解の「第一稿」になったのは事実なんだ。国家が愛国心の名のもとに歴史を改竄したり、都合の悪い事実を消し去ろうとしたりする動きは、現代でも絶えない。本書では、ハンガリーやアメリカ、ロシアの事例を挙げて、「政府が利己的な愛国神話を広めているかぎり、悪い歴史は今後も書かれ、広まり続ける」と警告しているよ。

奈美 : 悪い歴史、か……。それはどうやって防げるのかしら。

翔平 : そこで重要になるのが、ジャーナリストたちの存在だね。彼らは「歴史の第一稿」を綴る証人なんだ。例えばジョージ・オーウェル。彼はスペイン内戦に参加し、共産主義メディアによる歴史の書き換えを目の当たりにして、客観的真実の重要性を痛感した。また、ノーベル賞作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、何百人もの市井の人々の独白を集めることで、歴史の全体像ではたいてい省略されたり軽んじられたりする魂の日常生活を記録したんだ。

奈美 : 公式の記録からはこぼれ落ちてしまう、個人の声に注目したのね。

翔平 : そう。彼女は「生活を ― 日常生活を文学に変えること」を目的とし、感情の歴史を書き上げたんだ。最近では、この語りの場がテレビへと移っている点も大きな課題として挙げられているね。テレビは過去を矮小化したり、感情的な場面だけをクローズアップして単純化したりする危険がある一方で、学術的な考えを一般の人々に魅力的に伝える力も持っている。

奈美 : 今の時代、私たちは本よりもテレビやネットの動画で歴史に触れることの方が多いものね。

翔平 : 著者のコーエンは、歴史家や作家たちが過去をどう扱ってきたかを見つめ直した末に、ヒラリー・マンテルの非常に示唆に富む言葉を引用している。それは、「歴史とは過去のことではありません。過去についての無知を整理するために私たちが発展させてきた方法なのです」という言葉だ。

奈美 : 無知を整理する方法……。深いわね。

翔平 : 完璧な歴史家なんてこの世には存在しない。でも、過去の暗闇に光を当てようとした人たちの執念や熱情を知ることで、僕たちはようやく、自分たちが今立っている場所を客観的に見つめることができるのかもしれない。この本には、「歴史は実のところ人類の犯罪、愚行、不幸の記録にすぎない」というギボンの冷徹な言葉もあれば、「歴史への私の愛をかき立ててくれた」恩師への感謝も綴られている。

奈美 : 歴史って、教科書の文字じゃなくて、もっと生々しい人間の葛藤そのものなのね。

翔平 : その通りだよ。コーエンは「歴史家とは、広い好奇心を示す人こそがふさわしい」と語っている。この本を読むと、今まで信じてきた歴史の裏側に、どれほど多くの人間のドラマや意図が隠されていたのかが見えてきて、世界の見え方が変わるはずだ。

奈美 : 話を聞いていたら、私もその語り手たちがどんな風に戦い、どんな物語を紡いだのか、自分の目で確かめたくなっちゃった。

翔平 : そう言ってもらえると嬉しいな。上巻のシェイクスピアから下巻の現代のドキュメンタリーまで、どこを読んでも新しい発見があるはずだよ。

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