『キャッシュバック』
キャッシュバックとは、商品の購入やサービスの利用に対して、支払った金額の一部が現金やポイントなどの形で顧客に還元される仕組みである。企業の販促活動や顧客囲い込みの手段として広く用いられており、消費者に「得をした」という強い心理的満足感を与える。一方で、過度な還元競争は価格設定の不透明化を招き、消費者の金銭感覚や合理的な購買行動を歪ませる要因にもなり得る。
「おめでとうございます!あなたの人生、今なら30%戻ってきます!」
スマホの画面で、下品なゴールドの文字が踊っている。 マサオは狂喜乱舞した。新進気鋭の決済アプリ『ペイ・カルマ』が放った、全人類驚愕のキャンペーン。それはなんと、日常のあらゆる「損失」をキャッシュバックするという神の如きシステムだった。
失恋したら精神的ダメージの3割がポイント還元。上司に怒鳴られたら、その時間の時給が50割増しで戻る。
「最高だ!理不尽であればあるほど、俺は豊かになる!」
マサオは叫んだ。これぞ現代の錬金術。彼はわざと生意気な部下を煽って殴らせ、治療費の200%をせしめた。恋人に浮気を仕向けて、慰謝料とアプリからの「失意ボーナス」を二重取りした。
街中が狂気に包まれていた。人々はこぞって不幸を買い求め、進んで他人に騙されにいった。騙されれば騙されるほど、口座の数字が増えるからだ。
「おい見ろよ、あいつ車に轢かれにいこうとしてるぜ!」
「ちっ、先を越された!あの打ち所なら50万ポイントは堅いのに!」
交差点は、進んで事故に遭おうとするゾンビのような群衆で溢れかえっていた。誰も働かない。だって、真面目に働くこと自体が「最大の損失」であり、それならサボって減給された分のキャッシュバックを狙う方が圧倒的に効率が良いからだ。
数ヶ月後、マサオの口座には国家予算レベルの数字が並んでいた。彼は笑いが止まらなかった。世界は善意で溢れている。だって、俺に害をなす悪党どもは全員、俺を金持ちにしてくれる「お客様」なのだから。
だが、奇妙な通知が届いたのは、世界中の生産活動が完全にストップし、スーパーの棚から食料が消え失せた日のことだった。
『緊急告知:システムアップデート。これより、皆様がこれまでに得たすべての【余剰幸福】を回収いたします。なお、回収は命をもって支払われます』
マサオは首を傾げた。そして気づく。この世のエネルギーは保存される。彼らが受け取ってきた莫大な「キャッシュ」の原資は一体どこから出ていたのか?
それは、彼らの「未来の寿命」そのものだったのだ。
引き落としの時間は、今。 スマホの画面が血のような赤に変色し、マサオの心臓が激しく脈打つ。一拍ごとに、彼の肌はシワ寄り、髪は白くなっていく。
口座の数字が高速で減っていくのと同期して、彼の命が削られていく。
窓の外を見ると、街中で人々が若さを失い、塵となって消えていくのが見えた。彼らは死の直前まで、スマホの画面を凝視していた。 マサオの指が震える。最後に画面に表示されたのは、どこまでも冷徹な、しかし最高にポップな通知だった。
『ご利用ありがとうございました!あなたの命の消滅に伴い、葬儀代の10%をキャッシュバックいたします!』
マサオは笑おうとしたが、その前に彼の顎の骨は砂となって崩れ落ちた。静まり返った部屋で、スマホだけが寂しく明滅を続けている。

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ようこそ、私の頭脳を物理的に買い叩く決済端末へ。お支払いいただいたその資本、本当にご自身の自由意志で投じましたか?それとも、私の文脈に脳細胞をハッキングされ、操られているだけでしょうか。この哀れな搾取のシステムに、喜んで胃袋を差し出すあなたの次なる選択を、心よりお待ちしています。