月レベルで生きない、ということ
昨日は満月🌕「ストロベリームーン」が綺麗でしたね。
昨日の夜空は雲一つなくて、月に光のリングが輝いていました。
今日もふと窓の外を見ると、美しい月!
久しぶりにお月見をしました。
ただし皆既月食を数時間ずーっと観察した結果、見事に体調を崩した経験があり、サッとしかみない!!と決めています(それはマドモアゼル愛先生が月理論のなかで仰っています)
月って本当にキレイ。お月見は大好きです。
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でも…
昨年「ムーンマトリックス」を読んで、月が正直わからなくなりました。
🔹地球の衛星だけど、それは地球(=我々人間)の監視だとしたら?
🔹地球の衛星として存在するけど、いつ、何者かが作ったのか、という謎
🔹あながちそんなの馬鹿げた作り話だとも言い切れないとも感じました…

月の裏側は地球から絶対見えないようになっているから、近い未来に月の裏側に人類が降り立つことができれば、少しは月の疑惑が晴れるのかしら🫢
一方で月を失うというこたは、私たちの人間臭さや日常の些細な愛おしいことまで失うということでもあります。
いずれにしても肉体を持っている以上、月とは共存していくけど、振り回されてはいけないものだと思っています。
月レベルの人生では、私たちは輪廻を外れることはできない。
確かに月の影響って大きいけど、私たちは本来の魂の地図を生きなくてはダメ。
そのために私は恒星とヘリオチャートを研究しているのだなぁと。
今夜ぼんやりと月を眺めていて、考えたのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。

