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まっさん2【断片小説】

そうだ、服を買い揃えなければいけない、と思った。

一週間前に推しメンである舞のライブが迫っている。初めて舞に会うこの一週間、自分にできる限りの「格好がついた自分」でいるために、何かせねばいけないとは思いつつも、何から手をつけたらいいか分からなかった。しかし特典会で舞の前に立つ自分を想像した時、母のヨシ江が誕生日プレゼントにいつも送ってくれたポロシャツでは流石に格好がつかないとそこまでは気づくことができた。

「と言っても、この体型でカッコも何も無いんだけど‥。」

自分の出っ張ったお腹を無意味に右手で撫でてみた。会社員時代、上司にも部下にも挟まれ、男社会の中に揉まれたストレスを酒や油物の食べ物で消化してたツケを今さら後悔しても遅かった。

自分は感情をうまく言葉にできない。もちろん体型はでかいが喉が強くなく、低い掠れた声のせいか相手にうまく声が届かなく、なんて言ったか何度か聞かれるので、もう伝えるのもめんどくさくなり、自分のモヤモヤは押し殺したまま、聞き役に徹するようになったら、この腹の有り様になっていたのだ。

「武内君て歌上手そうだね。」
高校の頃、テスト期間で部活がない時期に家が近所でたまたま下校時間が重なったテニス部のはつらつ女子、斉藤さんにそう言われたことがあった。

自分は人前で歌ったことがない。いや、幼少期の頃親父が家族を連れてカラオケに連れてってくれた事はあるが、普段特に聞いてる音楽も特になく、入れる曲に困っていたら、父が「おい雅彦(まさひこ)、長渕剛歌うぞ」と言って、父と「とんぼ」をデュエットで歌った時がある。
その時も家族の前ですら歌うのが恥ずかしくて、もじもじしていたら、ヨシ江が「あんた!体大きいんやから、体の中から声響かせて、もっとはっきり歌いんさい!」と背中を叩かれ、そんなこと言われてもと、どうも窮屈な思いをした思い出があった。

斉藤さんがそう言ったのも、ヨシ江の言い分と同じで、体が大きい分、声を体の中で反響させて出しやすいのではないかという事だった。

「いや、歌歌うのは得意じゃないよ」その時の自分はそう否定した。

「えーでも、低い優しい声してんじゃん」

「そ、そう?」

そう言われて恥ずかしくなって黙ってしまった。この声の通らない低い声が好きではなかったのに、「優しい声」と言われたのが意外過ぎて、照れてしまい、言葉が見つからなかったのだ。

斉藤さんは「いつかカラオケ仲間クラスで集めて行こね」と言って去っていった。
しかしそんな機会は訪れなかった。

舞の声は高く、力強い歌声だった。
今時のアイドル体型というものだろうか、細く白い腕と足をしていたが、パフォーマンスに、歌の世界観に憑依するタイプのようで、「イノセント・ブルー」は孤独を歌う少女の世界観の歌詞が多く、それを舞は自分のものにしたように鋭い目つきをして、真剣に歌い踊っていた。

自分よりもずっと小柄で歳も若く、細い舞が何故こんなにも人前で歌えるのか、何が舞をそう突き動かしているのか、知りたくて思いを巡らせても、自分には一向にそれが分からなかった。

「舞ちゃん‥」
ぽつりと呟いてみた。

「真白さん」
「真白舞さん」
「初めまして」

特典会というもので少し話せると言う情報を元に、なんて舞に声をかけるのがいいのか迷った。こんなおっさんに舞ちゃんと言われるのは気持ち悪いだろうか。だからと言って真白さんはよそよそしすぎる。舞の前でなんて呼べばいいのだろう。太っちょのおっさんが一人暮らしの畳の床のスペースで、鏡と向き合いながらごもごもとなんとも情けなく迷っていた。

舞ちゃん、こんなオジサンが舞ちゃんの前に表れるなんて、なんだか自分でも恥ずかしいよ。

ヨシ江の「あんたしっかりしぃ!」という生前よく言われた言葉が脳に響く。母ちゃん、俺はいつまでも、体型に合わず小さな男だよ。伴侶も貰わずここまで来たのが分かるだろう、俺は、人が簡単にやってのける事がいちいち立ち止まらないとやっと一歩が踏み出せない、そう言う男なんだよ。

それでもこうして、自分で服を、ちょっとイケてる服を、買いに行こうと思ってるんだ。舞のおかげで、そう思えたんだ。母ちゃん、見守っててくれよ。そう心の中のヨシ江に語りかけた。

確か駅地下やその周辺の大きな店のモールに大きいサイズを取り扱った店があったはずだ。爽やかなブルーがいいか、襟元がしっかりしたチェックの柄も悪くないかもしれない。そう思いを巡らせながら、靴を履き、築60年のアパートの古びたドアを開いて、慣れない街へと繰り出していったのだった。

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