見出し画像

こどもの権利憲章

 今年も早いもので早や3ヶ月が経とうとしています
 先週は寒い日もありましたが、この週末noteが更新される頃には春を飛び越えて初夏を彷彿ほうふつさせる少し汗ばむ陽気ですよね•••☘️
 どうでもいいお話ですけどねw
 さて、少し前ですが、地方議員のとんでもない発言が物議をかもしたのを覚えておられますでしょうか?

  こんな発言をする議員って、そもそも議員になる資質があるのか疑問に感じます
 これこそスキャンダルを起こした議員と同程度のタチの悪さだと思うのは”Pro Bono さの”だけでしょうか•••💦
 まぁ、そういう人に投票する有権者がいるから当選してしまうのでしょうけど💦
 ここで問題となっている「こどもに権利がない」ということですが、果たしてそうでしょうか?
 また「権利はつくるもの。人権は授かるもの」とも言ってるそうですが、この発言もピントがかなりずれているように感じます
 自分の考えが全て正しいと思い込んで、他の意見や考えを受け入れない時点で年齢に関係なく「老害」であり、はっきり言うと「迷惑」です
 そのことはさておき、今回は「権利」について書かせていただきます

今回のテーマは「権利」です

■果たして権利はつくるものなのか

 ”Pro Bono さの”で「こども」をテーマにして書くのは2回目ですが、前回を覚えている方はいますでしょうか?

 あまり子育て論に精通していない”Pro Bono さの”なので、「こども」をテーマにして書くことが少ないのですが、それほど今回の問題にしている地方議員の発言にはいきどおりを超えてあきれています
 この議員の発言で「権利はつくるもの」ということですが、この地方議員の認識は世間と相当離れており、こういう認識程度しかない人が地方議員に選ばれたということに”Pro Bono さの”は呆然ぼうぜんとしています
 というのも、アメリカなどでは多くの事例があるものの、日本の歴史を紐解いても過去に権利を勝ち取ったというのは普通選挙などまだまだ少数で、あまり類を見ないからです
 そんな中で何をもってこの地方議員は「権利はつくるもの」と言い切っているのか事例も紹介されていないようなので理解に苦しみますが、正直なところ、この地方議員の思い込み以外に考えられないのではないかというのが、個人的な見解です
 地方であれ国政であれ、政治家であれば政務調査費が認められており、そこで自己研鑽けんさんに繋げていくための出張費や書籍の購入などは認められており、そういうところにお金を使っていないのかと思います
 そういうところにお金を使わずに、自分の選挙公報誌の作成や、勉強会と銘打った飲み会などの経費を政務調査費で使っていると勉強する時間もお金もなくなるわなというのが実感です
 加えて、この地方議員は”Save the Children”という団体の存在すら知らないのでは無いでしょうか?
 自分の政治生命の延命を図るための活動より、もっと地に足をつけた政治活動をすべきでは無いのか思います
 ともかく、”Pro Bono さの”的には、少なくとも日本の中では「権利はつくるもの」ではないと考えています

”Save the Children”は子ども支援活動を行う民間・非営利の国際団体です
ロゴは”Save the Children”のXより引用

■与えられた権利は無駄にする

 では地方議員が人権は授かるものと言ったように権利は授かるものなのかというとそれも違うような気がします
 「授かる=与えられる」という解釈ができるのであれば、与えられた権利は無駄にするので、「与えられる」ものでもないと思います
 人は自分で勝ち取ったりなどして、自分が苦労して得たものにはそのありがたみはわかりますが、気がついたときからあったものにはありがたみは感じません
 その例として、なに不自由なく暮らしている日常生活が突然なくなったときに、不都合や不便さを感じ、失くして初めてその暮らしがありがたかったのだと思うことが多々あります
 それはなぜかと考えると、ひとつには「当然あるべきもの」と勝手に思い込んでいるところから、そうなってしまうのかもしれません
 いずれにしても与えられた権利をありがたいと思わない限り、その権利は無駄にしてしまいます

与えられた権利は無駄にしやすくありがたみも感じないことが往々にして起こります

■権利と義務は表裏一体

 では権利とはどうなっているものなのかというと、”Pro Bono さの”的には、問題となっている地方議員の質問に対する行政担当者の答弁と同じように「生まれながら持っている」ものと考えています
 ただ、生まれながら持っている権利を行使するためには、お金のかかることも多々あります
 このため、行政の役割として、住民などから集めたお金を再配分するわけですが、その再配分する先をどうするかは行政本体で検討し、それを議会が審議するというのが国・地方の行政運営の基本となります
 その行政運営の財源となるのは主には「税」ということになり、この税収が少なくなれば、最優先すべきところにお金が再配分され、必要なところにお金が回らないことも往々にしてあるわけです
 つまり、権利を行使するのにお金が必要となれば、そのお金の出どころとなる「税」をしっかり納めることが重要になります
 要は「権利と義務」とは表裏一体ということです

権利と義務とは表裏一体のものだと”Pro Bono さの”は考えています!

■社会は権利の最大公約数で制限する

 「納税」という義務を果たしたら権利の行使するのに何も支障がないかというとそうではありません
 全ての人がそれぞれの権利を主張し行使すると、社会は混乱します
 例えば、週刊●春のようなマスコミが「知る権利」だと言い張って、人のプライバシーを土足で踏みにじるようなことをしてもいいのかというとそうではありません
 個人情報の保護という権利もありますので、そちらが優先されます
 これは極端な例ですが、その権利の行使により、社会全体で見てどうするのが問題が少ないのかという観点から、どの権利を優先するかは判断されます
 つまり、社会全体に一番問題が少なくなるための権利の最大公約数が求められます
 社会全体がうまく回っていくためには、権利が一部制約されてしまいますが、これは自分ひとりが社会にいるわけではないので、世の中がよくしていくためにはいたかたがありませんよね

多くの人の幸せを実現するためには一定の制約が必要となります

 まぁ、今回は地方議員の発言から週末noteを書かせていただきましたが、”Pro Bono さの”は社会全体が幸せになれる、そんな世の中にしていきたいなぁと考えています
 自称「幸せクリエーター」としてこれからも頑張っていきますので、よろしくお願いします<(_ _)>

”Pro Bono さの”はこれからも「幸せクリエーター」として頑張っていきます!

※参考にした文献


いいなと思ったら応援しよう!

Pro Bono さの 今後の活動の幅を広げたいので、よろしければ、あなたのサポートをお待ちしております。いただきましたサポートは、活動費として有意義に使わせていただきます<(_ _)>