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博士の書評『脱!仕事ごっこ』:「悪気のない正論」が組織を窒息させる ―医学・組織論の視点から解剖する本書の臨床的価値


Professors' Wisdom 書評担当教授
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本シリーズでは、大学教授・医学博士の視点から、本を起点に、教育・健康・仕事・人生を読み解いています。

単なる要約ではなく、一冊の本が現代を生きる私たちに何を問いかけているのかを考え、実践につながる視点をお届けしています。

本好き大学教授の本の隠れ家 -The Bookish Professor’s Book Nook-
「私はこの本をこのように理解しました」


一人の読者として本書のページをめくりながら、私は心地よい共感とともに、ある種の不気味な「既視感」に襲われていました。

大学教授として巨大小組織(大学)の意思決定に関わり、医学博士として人間の「行動のバグ」を見つめてきた私にとって、本書が描く「仕事ごっこ」の風景は、まさに現代の組織が罹患している精神的・構造的な「慢性疾患」のカルテそのものだったからです。


それは「仕事」ではなく、私たちが不安を紛らわせるためのお遊戯(ワークプレイ)かもしれない。

本書から得られる3つの気づき

  • 1. 「善意の慣習」という名の免疫異常: 組織を破滅に導くのは悪意ではなく、「かつて正しかったこと」を盲信する真面目さ(過剰免疫)である。

  • 2. 権力構造としての「紙・ハンコ・対面」: アナログな手続きにしがみつく心理の裏には、情報の非対称性を維持して自らのポジションを守りたいという生存本能が隠れている。

  • 3. 「忙しい自慢」は脳の報酬系エラー: 長時間労働を美化する風土は、短時間で成果を出すイノベーションの芽を摘み、組織の認知機能を著しく低下させる。





書籍情報:『脱!仕事ごっこ』

  • 著者名: 沢渡あまね

  • 出版社: 三笠書房(知的生きかた文庫)

  • 出版年: 2025年12月

  • キーワード: 組織開発、業務効率化、働き方改革、コミュニケーション、デジタルシフト

  • 著者紹介: 日産自動車、NTTデータ等を経て独立。400以上の企業・自治体・官公庁で組織変革を支援してきた、現場叩き上げのワークスタイル&組織開発専門家。



全体的な評価と推奨読者層

評価:★★★★☆(4.5/5.0)

  • シニカルな寓話と鋭い解説のバランスが絶妙で、一気に読ませるエネルギーがあります。単なる「ハウツー本」ではなく、組織の深層心理にメスを入れる社会医学的な一冊。一部、現場の状況によっては「そこまで一気に変えられない」というジレンマを感じる部分もありますが、その処方箋の切れ味は抜群です。

推奨読者:

  • 「なぜうちの会社はこんなに決断が遅いのか」と、日々の会議や書類手続きに疲弊しているミドルマネジメント層。

  • DXやダイバーシティを推進しているものの、形だけの「ごっこ」に陥っている実感がある改革担当者。

  • これから社会に出る、あるいは組織の「当たり前」にまだ染まっていない若い世代。

合わないかもしれない人:

  • 「前例を踏襲すること」こそが最大のリスクヘッジであり、秩序であると信じて疑わない保守的な管理職。

  • 職場の人間関係をすべて「情緒的な儀礼(忖度や根回し)」だけで回したいと考えている人。



1. 書籍の概要


本書『脱!仕事ごっこ』は、私たちが日々の職場で「これ、何のためにやっているんだろう?」と感じつつも、空気を読んで口を閉ざしてしまう「形骸化した慣習」の正体を徹底的に暴き出す一冊です。

著者の沢渡あまね氏は、400以上の組織を動かしてきた豊富な臨床経験(コンサルティング実績)をベースに、職場の「病理」を親しみやすい動物たちの寓話へと落とし込みました。

各章は「ものがたりパート」と「解説パート」の2部構成になっており、読者はまず、白ヤギさんと黒ヤギさんの「不毛な手紙(紙の書類)のやり取り」や、オフィス戦隊ビジキュアの「過剰なマナー合戦」といったコミカルな物語を通じて、「あ、これはうちの職場の縮図だ」と客観的に気づかされる仕組みになっています。

本書が扱うテーマは、紙・ハンコ文化、形骸化した定例会議、無意味なPPAP(zip暗号化メール)、相手の時間を奪うテレアポ、形式だけのダイバーシティなど、現代ビジネスパーソンなら誰もが一度は眉をひそめたことのあるテーマばかりです。

しかし、著者の視点は単なる「無駄撲滅の効率化」に留まりません。

かつては合理的だったシステムが、環境の変化によって組織の生産性とモチベーションを蝕む「仕事ごっこ」へと変貌していくプロセスを、構造的に解き明かします。

そして、「電子が基本、紙はオプション」「長時間労働は美徳ではなくリスク」といった、時代に即した新たな組織文化へのアップデート(処方箋)を、現場目線で具体的に提示しています。



2. 医学博士・大学教授としての視点


大学という組織は、歴史と伝統がある反面、本書でいう「仕事ごっこ」の宝庫でもあります。
「教授会のための事前説明のための打ち合わせ」といった重層的な会議構造や、いまだに残る紙の申請書の山を前に、私は日々、学術研究の推進と組織の硬直化との間でバランスを取ることに苦心しています。
そのため、本書の指摘はどれも身につまされるものばかりでした。

医学および高等教育の現場に立つ人間の視点から、本書の核心について少し深く踏み込んでみたいと思います。


(1) 心理的「ホメオスタシス(恒常性維持)」としての仕事ごっこ


生物には、環境が変化しても体内の状態を一定に保とうとする「ホメオスタシス」という機能があります。
これは生存に不可欠なシステムですが、組織論において過剰に働くと、破滅的な「変化への拒絶」につながります。

第2章で描かれる「会議裁判(資料の体裁修正に命をかける現象)」などは、まさにこの組織的ホメオスタシスの典型です。
なぜ人間は「てにをは」の修正や、フォントの統一にこれほどの情熱を注ぐのでしょうか。
精神医学的な観点から見れば、これは「コントロール幻想(Illusion of Control)」による不安の代償行為です。

本来の仕事(不確実な市場での意思決定やイノベーション)は、結果が予測できず、脳に強いストレス(不安)を与えます。
一方で、社内資料のフォントを整えたり、ハンコを綺麗に押したりする作業は、「自分の努力次第で100% 完璧にこなせる」ため、脳の報酬系を刺激し、一時的な安心感をもたらします。
つまり、「仕事ごっこ」とは、本質的な課題から目を背け、安全地帯で「仕事をしている感覚」を貪るための、一種の精神的防衛反応(依存症)なのです。


(2) 専門家として引っかかった点:「効率化」の先にある孤立のリスク


著者の「電子が基本、紙はオプション」「無駄な挨拶回りの廃止」という提言には100%同意します。
しかし、一人の臨床医、あるいは学生を導く教員として、私はここで一つだけ「立ち止まりたい点」があります。
それは、無駄を完全に排除した先にある「非言語的コミュニケーション(セレンディピティ)の喪失」というリスクです。

例えば、第10章で批判される「年末年始の儀礼的な挨拶回り」。
これをすべてメールやSlackで済ませれば、確かに時間的コストは劇的に削減されます。
しかし、かつて「無駄」と切り捨てられていた対面での雑談や、移動中のふとした会話(偶発的な接触)が、人間の脳における「オキシトシン(信頼関係を築くホルモン)」の分泌を促し、組織のセーフティネット(心理的安全性)を担保していた側面も否定できません。

すべてをデジタルと合理性で割り切った結果、個々のメンバーが「タスクを処理するだけのドット(点)」となり、組織全体の血流(エンゲージメント)が逆に滞ってしまう事例を、私はいくつかの先進的なITベンチャーのメンタルヘルス不全の事例として見てきました。
「仕事ごっこ」を排除することは大前提として、私たちは「無駄な手続き」と「必要な余白(マージン)」を厳密に区別する知性が求められているのではないでしょうか。


(3) 読者に投げかけたい問い:「変われない上司」をどう治療するか


第11章で語られる「長時間労働の呪い」や、第13章の「管理を監視と勘違いするマネージャー」の姿は、多くの現場で悲劇を生んでいます。
大学の医局でも、かつては「徹夜してなんぼ」という文化がありましたが、現在ではそれは明確な医療安全上のリスク(医療過誤の温床)として排除されつつあります。

ここで読者の皆さんに問いかけたいのは、「あなたの職場の『変われない上位者』を、単なる敵として排除するのではなく、どうすれば『心理的アップデートの当事者』に巻き込めるか」という問いです。

彼ら(年配の管理職や経営陣)が「仕事ごっこ」を好むのは、悪意があるからでも、無能だからでもありません。
彼らが若い頃に、そのやり方で「成功体験」を積んでしまい、それ以外の生存戦略(価値創出の方法)を知らないからです。
脳科学的に言えば、神経可塑性が低下した状態の大人に「これまでのやり方を否定しろ」と迫ることは、アイデンティティの崩壊を意味します。

本書の寓話パートを読みながら、「本当に治療されるべきは、このお殿様や王様(上司)たちなのだ」と感じた読者は多いはずです。
しかし、彼らを批判して終わるのではなく、「彼らのプライド(過去の遺産)を傷つけずに、新しい仕組み(デジタル)の心地よさをいかに脳に学習させるか」という、ナッジ(自発的な行動変容を促す仕掛け)の視点が必要ではないかと思うのです。



3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン


沢渡あまね氏の『脱!仕事ごっこ』は、職場の「不都合な真実」をユーモアというオブラートに包みながらも、その実、現代日本の労働文化の喉元にナイフを突きつけるような、極めてラジカルな(根源的な)告発書です。

著者が冒頭で述べている「近い将来、この本の内容が『むかし話』になっていることを願って」という言葉は、医療の世界でいえば「いつかこの病気が地球上から根絶されることを願う」という公衆衛生学的な祈りに似ています。

全面的な礼賛ではなく、小さな留保を挟むなら、本書のトーンはやや「現場の最前線(プレイヤー)」に寄り添いすぎているため、これを読んだ若手が「うちの会社は仕事ごっこばかりだ!」と、組織への過度なシニズム(冷笑主義)を拗らせてしまう危険性を含んでいる点です。

組織を変えるには、冷笑ではなく、泥臭い対話と仕組みへの介入が必要です。

本書を単なる「愚痴の共感ツール」として終わらせてはなりません。

私たちは、この「カルテ」を手に、自らの職場という臨床現場で執刀医にならなければならないのです。


読後のアクションプラン


1. すぐに実践できる具体的な行動

  • 「電子が基本」のマイ・ルール化: 明日からの業務で、自分が発信・提出する資料はすべて「まずデジタル(共有リンク等)で共有し、印刷は相手から求められた場合のみ」を徹底してください。「紙がデフォルト」の慣性を、自分の手元から断ち切る実験です。

  • 会議の「アジェンダとゴールの事前共有」: 自分が主催する会議はもちろん、出席する会議においても、「今日のこの会議の『ゴール(何が決まれば終了か)』は何ですか?」と、会議が始まる前にチャット等で軽やかに確認を投げかけてみてください。「なんとなく集まる」という仕事ごっこの空気に、一石を投じる最もシンプルで効果的なアプローチです。


2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣

  • 「そのマナー、誰のため?」のセルフチェック: 自社で当たり前とされているビジネスマナー(メールの過剰な枕詞、不必要なCCの乱発など)について、「これは相手の生産性を高めるためか、それとも自分の身を守る(あるいは上位者の機嫌を損ねない)ためか」を週に一度、振り返る習慣をつけてみてください。目的が「自己防衛」になっているものは、少しずつ表現を簡素化していく勇気を持ちましょう。

  • 「自分の価値の再定義」を行う: もし、あなたが「忙しく働いていること(残業時間や処理したメールの多さ)」に充足感を覚えているとしたら、一度立ち止まってください。それは脳が「仕事ごっこ」の報酬系エラーを起こしているサインかもしれません。「もし労働時間を半分にしなければならないとしたら、自分はどの成果を残すか?」という問いを、手帳の片隅に書き込み、定期的に自分自身へ突きつけてみてください。






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