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博士の書評『いまこそ、本物のサステナビリティ経営の話をしよう』:「生存」のための倫理、あるいは「意味」を失った資本主義への解毒剤 ―医学者が読み解く『本物』の境界線


Professors' Wisdom 書評担当教授
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医学博士、そして大学教授という立場から、山口周氏と磯貝友紀氏の対談録『いまこそ、本物のサステナビリティ経営の話をしよう』を読み解きました。

この本は、単なるビジネスのトレンド解説書ではありません。

むしろ、私たちが「健やかな社会」という生態系をいかに持続させていくかという、生命倫理にも通じる壮大な問いを突きつけています。



「いいことをしているフリ」の時代は終わった。これは、社会という生命維持装置を修理するための、極めて冷徹で熱い「手術記録」である。

本書から得られる3つの気づき

  • 1. 「流行」と「構造」を峻別する: 政治的な揺り戻し(反ESGなど)は一時的な「天候」に過ぎない。気候変動や資源枯渇という「地殻変動」は止まらず、それに対応できない組織は生物学的に淘汰される。

  • 2. 「後手」は死を意味する: エビデンス(証拠)が揃ってから動くのは、手遅れの患者を診るようなもの。未来を予測するのではなく、理想の未来から逆算して「いま」のルールを書き換える「先手の経営」こそが生存戦略となる。

  • 3. 抽象思考という名の「免疫力」: 目先の数字(四半期利益)に囚われる近視眼的な経営から脱し、哲学や美意識を軸に据えることで、組織は外部環境の激変に耐えうる強靭な「免疫」を獲得する。





書籍情報:『いまこそ、本物のサステナビリティ経営の話をしよう』

  • 著者名: 山口周、磯貝友紀

  • 出版社: 講談社

  • 出版年: 2025年7月

  • 主なキーワード: サステナビリティ、経営戦略、欧州企業、インパクトパス、哲学

  • 著者紹介: 独立研究者の山口周氏と、サステナビリティ戦略の第一人者である磯貝友紀氏。理論と実践、美意識とロジックを兼ね備えた二人による、欧州視察を経た濃密な対話。



全体的な評価と推奨読者層

評価:★★★★★(5.0/5.0)

  • ビジネス書という枠を超え、現代社会を生きる一人の人間として「何に価値を置いて生きるか」を再定義させてくれる名著です。特に磯貝氏の実務的な鋭さと、山口氏の文明批評的な視座が、絶妙なバランスで編み込まれています。

推奨読者:

  • 「サステナビリティなんて綺麗事だ」と冷笑しつつも、心のどこかで変化の兆しに不安を感じている経営層・管理職。

  • SDGsのバッジを付けることに違和感を覚え、「本質的な貢献」を模索している実務担当者。

  • 次世代のリーダーを目指し、グローバルスタンダードの「思考の型」を身につけたい学生や若手ビジネスパーソン。

合わないかもしれない人:

  • 「今期、儲かればそれでいい」と割り切り、10年後の世界に全く興味がない人。

  • 数値化できない価値や哲学的な問いを「非効率」として切り捨てるタイプの人。



1. 書籍の概要:なぜいま、この対話が必要なのか


本書『いまこそ、本物のサステナビリティ経営の話をしよう』は、一言で言えば「迷走する日本企業への、知的な愛のムチ」です。

2025年、トランプ政権の再登場によって、世界中で「反ESG(環境・社会・ガバナンス)」の風が吹き荒れました。

多くの日本企業が「やっぱりサステナビリティなんて流行りだったんだ」と安堵し、元の「経済合理性一本足打法」に戻ろうとする中で、著者二人は断言します。

「バブルが弾けた今こそ、本物の出番だ」と。

構成の中心となるのは、オランダやデンマークといった欧州の先進企業への視察記録です。

  • 認知症患者が「一人の人間」として街で暮らすホグウェイ

  • 児童労働撤廃のために「敢えて高く売る」トニーズ・チョコロンリー

  • 海運という巨大なインフラのルールを脱炭素で塗り替えるマースク


これらの事例を通じて浮き彫りになるのは、彼らが「いい人だから」サステナブルなのではなく、「20年後、30年後に生き残るためには、これ以外の選択肢はない」という冷徹なまでの長期的合理性に基づいている事実です。

本書は、サステナビリティを「おまけの社会貢献」から「経営戦略のど真ん中」へと引き戻し、それを実現するための思考のフレームワーク「インパクトパス」を提示します。

山口氏の鋭い言葉が読者の凝り固まった常識を揺さぶり、磯貝氏の緻密な知見がそれを具体的な実践へと繋いでいく。

読み終えたとき、読者の目には、今のビジネスシーンが全く別の風景として映っているはずです。



2. 医学博士・大学教授としての視点:生命の持続性と「ホメオスタシス」の崩壊


医学者として、また一人の教育者として本書を読んだとき、私の脳裏に浮かんだのは「ホメオスタシス(恒常性維持)」という言葉でした。

生命体は、外部環境が変わっても体内の環境を一定に保とうとします。
しかし、外部からのストレスが閾値を超え、システムの一部が修復不能なまでに壊れたとき、生命は死に至ります。
今の地球環境や社会構造は、まさにこの「ホメオスタシスの限界」に達している。
本書が語るサステナビリティ経営とは、企業という細胞が、社会という巨大な生命体を殺さないための「代謝の再定義」であると感じました。


(1) 「エビデンス主義」の罠と、臨床的直感


山口氏が指摘する「データによる証明を待つ後手の経営」への批判は、医学の現場にいる私にとって非常に痛烈でした。
もちろん、医療においてエビデンスは不可欠です。
しかし、目の前で刻一刻と病状が悪化している患者を前にして、「10年後の大規模臨床試験の結果が出るまで待ちましょう」と言う医師はいません。
現在のデータから未来を洞察し、リスクを取って「いま、最善の処置」を施す。これが臨床の真髄です。

日本企業の経営が「他社の事例」や「確実なデータ」を求める姿勢は、医学的に言えば「解剖学的な経営(起きてしまった過去を分析する)」に固執し、「生理学的な経営(いま生きているシステムを動かす)」を忘れているように見えます。
本書が提示する欧州企業の事例は、まさに「未来の病を予見し、先手を打つ」という予防医学的なアプローチそのものです。


(2) 「ホグウェイ」に見る、尊厳という名のQOL


特に私の心を捉えたのは、オランダの認知症施設「ホグウェイ」の事例です。
ここでは、患者を「管理の対象」とするのではなく、「特定のライフスタイルを持つ市民」として扱います。
医学部で教える「治療」の定義を根底から覆すような、美しくも合理的なアプローチです。
医学が「生存期間の延長」に汲々とする一方で、ホグウェイは「人生の質(QOL)」を仕組みとしてデザインしている。
これは経営においても同じではないでしょうか。
社員や顧客を「リソース(資源)」や「ターゲット(標的)」として見るのではなく、共に社会を形成する「人格」として捉え直す。
この視点の転換こそが、サステナビリティの根幹にあるべきだと強く再認識しました。


(3) 専門家として「引っかかった」点:合理性の限界


一方で、私が少し立ち止まったのは、本書が強調する「長期的な収益性」という論理です。
もちろん、企業が持続するためには利益が必要です。
しかし、医学の世界には「利益にならなくても、救わなければならない命」があります。
サステナビリティを「儲かるからやる」という論理に回収しすぎることへの危うさを、私は感じてしまいます。

もし「どうしても儲からないけれど、守るべき価値」に直面したとき、経営者はどう振る舞うべきか。
本書はそこに対する一つの答えとして「哲学・美意識」を挙げていますが、これは現場では極めて孤独で苦しい決断を強いるものです。
大学で医学生たちに「利他的であること」を教える際、私はいつも「それは時に、自分を削ることでもある」と付け加えます。
経営におけるサステナビリティも、キラキラした成功物語だけでなく、そのような「倫理的な痛み」を伴うものであることを、読者は覚悟すべきかもしれません。


(4) 読者に投げかけたい問い:あなたの「死生観」はどこにあるか


本書を読み進める中で、皆さんに考えてほしいことがあります。

「あなたの会社が100年後になくなったとして、世界は何かを惜しんでくれるでしょうか?」

医学的に見れば、個体の死は避けられませんが、その個体が残した「価値」や「記憶」は種の中に受け継がれます。
企業も同じです。
単に金を稼いで消えるだけの組織(=ガン細胞のように自己増殖のみを目的とする存在)になるのか、それとも社会という大きな生命体の一部として、次世代に繋がる機能を果たすのか。
この本は、あなたのビジネスにおける「死生観」を問うているのです。




3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン


山口周氏の冷徹な知性と、磯貝友紀氏の情熱的な専門性が火花を散らす本書は、閉塞感漂う日本社会における「一筋の酸素」のような存在です。

「サステナビリティ」という言葉に食傷気味だった私でさえ、読み終えた後は、自分の研究室の運営や学生への接し方を根本から見直したくなりました。

全面的に礼賛するだけではありません。

本書が示す「欧州の正解」をそのまま日本に持ち込んでも、拒絶反応が起きるでしょう。

しかし、ここで語られている「問いの立て方」そのものは、普遍的な真理を突いています。


読後のアクションプラン


1. すぐに実践できる具体的な行動

  • 「SDGsバッジ」を外してみる: 形式的なシンボルを一度捨て、「もしこのバッジがなくても、私はこの活動を心からやりたいか?」と自分に問うてみてください。本物は、見かけの装飾を必要としません。

  • 「コスト・オブ・インアクション(何もしないコスト)」を計算する: 今のプロジェクトを「現状維持」した場合、10年後にどれだけの機会損失やリスクが発生するかを、あえて想像し、メモに書き出してみてください。


2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣

  • 「30年後の新聞」をイメージする: 2055年、あなたの業界はどう報じられているでしょうか。その時、あなたの会社は「救世主」ですか、それとも「過去の遺物」ですか。週に一度、この「超長期視点」を持つ習慣を作ってください。

  • 異分野の「本物」に触れる: 本書が哲学やアートを引用するように、ビジネス以外の領域(医学、芸術、歴史など)で「持続しているもの」の共通点を探してみてください。あなたの「美意識」の輪郭をはっきりさせることが、結局は最強の経営戦略になります。


私たちは、より良い未来を「選ぶ」ことができます。
この本を閉じた瞬間から、あなたの「執刀」が始まります。





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